「先生、向こう向いて?」
って言う。
な、なんで?
ファスナーは前なんだけど…。
ってか…え?…向こう?
「は?」
「向こう向いて?」
も、なんか…わけわかんなくなってきちゃった。
俺は素直にゆかりに背中を向ける。
なにしてくれるつもりなんだろう…。
肩たたき?
あり得るな。
…って、お父さんかおじいちゃんかよっ!俺はっ!
ゆかりの手が俺の背中に触れる。
ジャケットの襟元に触れて、肩を出すようにずらす。
あ。ジャケット脱がしてくれんだ。
俺は腕を後ろにやって肩を動かし、ゆかりに協力する。
スルリとジャケットが肩から落ちる。腕を抜いて、振り向くと、ゆかりが俺のジャケットをベッドに置く。
手を伸ばして、ベッドサイドのクローゼットを開ける。
「ごめん。先生。ハンガー取って」
俺はハンガーを取ってゆかりに渡す。
ゆかりがハンガーにジャケットをかけようとする。
なかなか、上手くいかない。真剣な顔で何度もやり直して…。
俺は手を貸したいのを我慢して、黙って見守る。
心の中で、
がんばれっ…もうちょいっ!…あぁ…惜しいっ…もっかい?…まだやる?…よし…そうそう…
って一生懸命応援する。
やっとかかって、ゆかりが照れくさそうに笑う。
「ごめん。先生。そこにかけて」
って、ジャケットを渡す。
俺は言われたとおりに、ジャケットをかける。
ふたりで、ぶら下がるジャケットを見る。
それから、顔を見合わせる。
「へへ…。いつも、先生、自分でかけてるでしょ?…してあげたかったの…なんか…ちょっと…そういうの、あるでしょ?ドラマとかで」
「『おかえりなさい』っつって奥さんが脱がせてかけてくれるやつ?」
ゆかりがカッと顔を赤らめる。
「あ!全然いいことじゃなかったね。…わ!バカみたいっ///
どっちかっていうと、あたしが…したかっただけ…。してもらってばっかりで…なにも…してあげられないから…」
「いいことだよ。嬉しい。すごいね。…頑張ったじゃん…ゆかり?」
ゆかりがうつむいて黙り込む。
「ごめんなさい…っ…」
パタパタと涙が落ちてシーツに染みを作った。