ドアを開けて、先生が飛び込んできた。
あー来ちゃった。イタタ…そりゃそうだよね。
あたしは、携帯を拾おうとして悪戦苦闘した挙句、案の定、バランスを崩して車椅子から落ちて膝掛けの上に倒れ込んでしまった。
先生が駆け寄ってあたしに触れる。
「大丈夫?けがは?」
「ん…大丈夫」
それより、この下に携帯が…。
「手、回して?」
って先生が自分の肩をポンポンって叩いてあたしの前に屈み込む。
抱き上げられちゃう。
あたしがじっとしていると、先生が待ってられないって感じであたしの腕を取って肩に乗せる。
簡単にあたしを抱き上げて、ベッドに下ろす。
あ…。
先生が、膝掛けを拾って、その下の携帯に気づく。
サッと拾って、テーブルに置く。
あ。そっか…。
時間が経って携帯の画面はもう黒くなっていた。
ホッと胸を撫で下ろす。
安心したら、どっと疲れた。
バカみたいに焦って、結局先生を心配させた自分が情けなかった。
先生が、ベッドサイドにしゃがんで、シーツに組んだ腕をのせる。腕に顎をのせて、あたしと視線を合わせる。
「無理すんな」
真剣な顔。…もう怒ってない?
「ごめんなさい」
「焦んなくていい」
先生があたしの前髪を指で優しく掻き分ける。
「ごめん。俺が、いちいち喜び過ぎたかな」
「え?」
「ゆかりが、何かできるようになる度に、俺が喜び過ぎるから…無理させたのかなって…」
「…先生…」
違う。全然、先生のせいなんかじゃないのに。
「焦って、無理して、できるようになろうとしなくていい。…ゆかりには、ゆかりのペースがあるんだよ」
リハビリの話のはずなのに、さっき自分が調べてたことについて言われているようで…。
「…ゆかり、俺を喜ばせたいって思うんだろ?」
上目遣いでそう言われて、ドキッとする。
「…変わんないな。エースんときも俺が『すげーじゃん!ゆかり!新記録!』とか言うと、すげー喜んでさ…次も頑張んだよ」
先生が手のひらを顔の前で合わせて、目を閉じる。人差し指の先が目頭に触れる。きれいな指先。震える長い睫毛。
「先生?」
「…ごめん…」
目を閉じたまま、眉間に皺を寄せる。
そんな…泣きそうな声で謝んないで。
「…俺も…変わってねー…」
ちょっと笑いを含んだ声でそう言うと、手を顔から離して、うつむいてしまう。
こっち向いて。先生。
「また…ゆかりに…」
って言葉を詰まらせる。
「怪我させるとこだった…」
「先生…違う…そうじゃない…。
…ねぇ…こっち向いて…?」
先生は、うつむいたまま、指先で目頭を触る。
やだ…。なんでこんなことに…。
ほんとは、すごく、くだらないことなのに。
うつむいてるし、前髪で顔が隠れてるから、表情が見えない。
あたしは、手をぎこちなく伸ばして、先生の髪に触れる。
慰めるようにサラサラの髪を撫でて、それから恐る恐る先生の前髪を掻き分ける。
先生が、上目遣いであたしを見る。
濡れた瞳が光って揺れる。
胸が締め付けられる。
やっぱり、泣きそうになってるの?
抱き締めたい。
あたしの胸に、ぎゅっと。先生を。
「先生…来て…」
あたしは両手を差し出す。
先生が身を乗り出して、仰向けに寝てるあたしの胸にそっと頭を乗せる。
あたしは、先生を抱き締める。
先生の頭を撫でる。
「ほら…先生のおかげで…あたしの手…こんなに動くようになったんだよ…」
先生の熱い吐息が、服の上からでも感じられる。
先生の温もり…。
どうか、その目に溜めた涙が零れ落ちませんように…。
優しくて、繊細な…あたしの…先生。
ずっとこうしていてあげる…。
しばらく、そうしていると、先生が鼻声で言った。
「…ゆかりの…胸…やらかい…」
えっ⁇///
先生がパッと頭を上げて、ベッドに上がる。
あたしを抱いて壁際に移動させると、空いたスペースに寝転がる。
え?
え?
な、なに?
「ゆかり…」
ってあたしの胸に顔を埋めて、ギュッてあたしを抱き締める。
例えば、
幼い子供が寝るときに
母親にしがみつくみたいな…
そんな体勢で
あたしは
ベッドの上で
先生に抱きつかれた。