インフレ下で実質債務超過に陥った日銀は金融政策の転換を図れるのか | 経済評論家・政策アナリスト 池田健三郎オフィシャルブログ「健々囂々」(けんけんごうごう)Powered by Ameba

インフレ下で実質債務超過に陥った日銀は金融政策の転換を図れるのか

 

「足許の物価上昇は、経済回復から需要が旺盛になることで起こる『良いインフレ』ではなく、パレスチ=イスラエル戦争やロシア=ウクライナ戦争による生産・供給体制の変動等に為替円安が加わった外部要因を端緒とする『悪いインフレ』」であり、「デフレ下と同様、財政出動や金融緩和継続等により引き続き景気の下支えが必要」といった意見は引き続き根強い。

 

しかし筆者は、従前のような金融緩和策はいよいよ持続可能性が危ぶまれつつあると考える。

1990年代からの長きに亘るデフレに対応すべく、政府は公共投資等の財政出動を続け、その原資調達の為に発行された国債を大量に日本銀行が買入れる(いったん市場を介する形で財政法第4条に対する脱法的な)「財政ファイナンス」を実施すると共に、国債の暴落(長期金利高騰)防止の為、その無制限買入れ体制を維持してきた。

これらの金融政策の副作用として、中央銀行である日銀の信認維持に対するリスクが本格的に取り沙汰されるようになったのも昨年からである。

本年11月28日に発表された日銀の4-9月期決算によると、9月末時点の日銀の純資産は5.48兆円で、保有国債評価額は、簿価586兆8,781億円に対し、時価は国債価格下落=長期金利上昇(9月末で0.7%台)を映じて576兆3,780億円で、差し引いた「含み損」は▲10兆5,000億円(今年3月末時点の▲1,571億円から大幅に拡大)となり、これだけで純資産額を吹き飛ばし、さらに▲5兆円もの時価ベースでの実質債務超過に転落したとみられるのである。

政府・日銀は「保有国債は満期まで保有するため、会計ルール上も時価評価不要で含み損発生に伴う懸念はない」と原則論を謳うが、事はそう簡単ではない。

中央銀行とはいえ市場参加者のひとりであり一銀行である。

 

G7の中央銀行とて市場での取引相手が将来も資金を無条件で円滑に融通し続けてくれる保証はなく(時価ベースでの信用判定が基本の国際金融市場での信認喪失リスク)、「債務超過は計算上のものに過ぎぬ」と嘯いてはおれない。

 

因みに米国の中央銀行であるFRBも実質の債務超過状態にあり、「米国が大丈夫なのだから日銀も同様」との楽観論もみられるが、両者の「債務超過」は性質が全く異なる。

 

すなわちFRBは厳しい政府の財政規律を背景にバランスシートは小さく、金融引き締めに伴う利払い増に起因する債務超過はあくまで一時的であり、将来の短期的な通貨発行益で十分にカバーできるもの。

 

これに対し日銀のそれは一時的とは言えないばかりか、桁違いに肥大化したバランスシートを背景に、とても当面の通貨発行益で賄いきれるものではない。

また、国債の発行体(政府)サイドも、GDPの1.2倍超の公的債務残高水準が世界的に問題視されてきた経緯を踏まえ、将来的な格付け引下げ可能性もあり、その場合は信認低下を受けた金利上昇リスクが高まる(日銀による価格維持が困難化)。

さらに問題は資産の部の劣化懸念にとどまらない。

 

肥大化した日銀のバランスシートは、金利上昇時においては、負債の部(2023年9月末では銀行券120兆円[利払いなし]、当座預金が547兆円[3区分で利払いあり])に起因しての利払い負担が重くなる。

 

すなわち、負債の8割超を占める当座預金547兆円は、基礎残高(金利0.1%)・マクロ加算残高(同0%)・政策金利残高(同▲0.1%)の3区別からなり、金利引き上げ局面では当然、利払い支出が増える。他方で、既発行国債の利子収入は不変ゆえに差引の収支は悪化する。

今後の金利の帰趨は総合判断で決まるので、現状では確定的なことは言えないが、仮に当座預金3区部の全てで金利が1%ポイント上昇すれば、計算上、日銀収支は年間5.47兆円(547兆円の1%)悪化し、これだけで既に上記の純資産5.48兆円をほぼ帳消しにする規模となる。

以上から、日銀自身は、インフレの高進が続いて金融緩和の規模縮小や引締めへの転換が必要な事態となれば、金利上昇の煽りを受け、国債価格下落(長期金利上昇)による含み損発生と当座預金金利引き上げに伴う利払い負担増という、資産の部・負債の部両者から生ずる収支悪化(国際金融市場での信認喪失リスク)を被ることが不可避の情勢。

 

このため、「金融政策を転換したくてもできない」というのが日銀の本音かもしれない。

2024年の金融政策の舵取りはこれまでにない困難が伴うことは疑う余地なきところであろう。