2022年の金融政策を振り返る | 経済評論家・政策アナリスト 池田健三郎オフィシャルブログ「健々囂々」(けんけんごうごう)Powered by Ameba

2022年の金融政策を振り返る

 

2022年が転換点となった可能性は高いが、世界は明らかにインフレの局面へと移行している。

既に欧米主要国は金融政策を引き締めに転じて対応しているが、わが国に関しては、「足許の物価上昇は、経済回復から需要が旺盛になることで起こる『良いインフレ』ではなく、原材料等の生産・供給体制の変動等に為替円安が加わった外部要因を端緒とする『悪いインフレ』であり、デフレ下同様、財政出動や金融緩和継続等により引き続き景気の下支えが必要」といった意見も根強い。

いずれにせよ筆者は、日本の金融政策はかつてない困難に直面していると考える。

1990年代からの長きに亘るデフレに対応すべく、政府は公共投資等の財政出動を続け、その原資調達の為に発行された国債を大量に日本銀行が買入れる(いったん市場を介する形で財政法第5条に対する脱法的な)「財政ファイナンス」を実施すると共に、国債の暴落(長期金利高騰)防止の為、その無制限買入れ体制を維持してきた。

 

ところが、流石にここまで硬直的な国債価格の維持政策は、「債券市場の機能を歪めかねない」として、2022年12月20日の金融政策決定会合では、イールドカーブコントロール(長短金利操作、YCC)の長期金利変動幅のごく僅かな見直し(長期金利変動幅±0.25%を±0.5%まで拡張)が図られた。

 

マーケットでは一時、「事実上の利上げ」、「金融緩和の見直しか」等の受け止めが拡がって、動揺がみられたものの、日銀から「これは緩和の方向性を変更するものではない」とのコメントが出されるなど火消しが図られた。

 

とにもかくにも、金融緩和を継続しつつ、YCCでは国債金利の上昇を小幅とはいえ容認する(しかもかつてはこの措置を「利上げ」と日銀自身が呼んでいた)のだから、アクセルとブレーキを一緒に踏んでいるかのような印象を与え、「わかりにくい金融政策」と評されるのも当然であろう。

この間、これまでの金融政策の副作用として、中央銀行である日銀の信認維持に対するリスクが本格的に取り沙汰されるようになったのも2022年からである。

2022年11月28日に発表された日銀の4-9月期決算によると、9月末時点の日銀の純資産は5兆円で、保有国債評価額は、簿価545兆5211億円に対し、時価は国債価格下落=長期金利上昇を映じて544兆6462億円となり、▲8749億円の含み損が発生(2022年3月末時点では+4兆3734億円の含み益)した。

政府・日銀は「国債は満期まで保有するため、会計ルール上も時価評価不要で含み損発生に伴う懸念はない」と原則論を謳うが、事はそう簡単ではない。

先行きについて、雨宮正佳・日銀副総裁による「金利上昇1%で評価損28.6兆円が発生」との国会答弁(2022年12月2日・参院予算委員会)を踏まえると、長期金利が9月末水準から0.175%ポイント上昇し0.425%になると、評価損が▲5兆円になり時価ベースで債務超過に陥る可能性がある。

無論、中央銀行とはいえ市場参加者のひとりであり一銀行であることも事実である。G7の中央銀行とて市場での取引相手が将来も資金を無条件で円滑に融通し続けてくれる保証はなく(国際金融市場では時価ベースでの信用判定が基本である)、「債務超過は計算上のものに過ぎぬ」と嘯いても信認喪失リスクは何ら解消されない。

 

生き馬の目を抜くグローバル金融市場は、G7の中銀だからといって何らの忖度も働かない、非情な世界であることは過去の事例に照らし自明であり、しかと踏まえておかねばならない。いわゆるリフレ派と呼ばれる人たちの主張をみていると、どうも彼らはこの点に意図的に目を背ける、ないしは極度に楽観的なスタンスをとり勝ちな気がする。

 

因みに、やや技術的な説明になるが、仮に日銀が債務超過に陥った場合、日本政府は事務手続上は出資・拠出国債(交付国債の一種)という現金に近い国債を発行して日銀に資本注入するしか途はない。

 

確かに、保有国債の含み損を政府からの増資によって相殺することが「理論上は」可能ゆえ、これをもって「日銀がリアルに債務超過になる惧れはないのだから、何ら問題ない」との論を唱える人もいるだろう。

 

しかしながら、現実にはこれは難しい。

 

なにしろそのような状況を想定すると、そもそもこれは中央銀行が債務超過に陥るという非常事態であり(その債務超過の原因は発行額の半分超を抱え込んだことによる国債の損失計上である)、なおかつ国はGDPの2.6倍超の公的債務を既に抱え、先進国中で最悪の財政状況。

 

かかる状況にありながら、さらに出資・拠出国債を発行して日銀に資本注入するとなると、国債市場がもはや持続可能性を保つという前提は成り立ち難いだろう。

 

この時点で日本国債を引き受けてくれる者は、恐らく国外には存在しないので、これが何らかの「国民負担」に直結することは自明である。

 

もっとも、日本の政治は(与党であれ野党であれ)消費増税等による財政収支改善には後ろ向きで、国民(納税者)側も「消費増税=悪」との固定観念が強いため、現実を直視して将来対応を図るという思想に乏しい。よって、徴税権を用いた「国民負担」という選択肢は取りづらい。

 

とすれば、つまるところインフレにより債務の圧縮(借金額は一定ゆえ、インフレが来ると「借り手」すなわち政府は債務を大幅に圧縮することが可能となる一方、貸し手側は大幅な損失を被ることになる)を図るしか手立てがないということになりかねない。

さらに、国債発行体(政府)の信用度という見地から考えると、公的債務残高水準が世界的に問題視されてきた経緯を踏まえ、支払い能力のモノサシである格付け引下げ可能性は高い。その場合は信認低下を受けた金利上昇(国債暴落)リスクがさらに高まること必定である。

加えて、問題は資産の部の劣化懸念にとどまらない。肥大化した日銀のバランスシートは、金利上昇時においては、負債の部(2022年9月末では銀行券120兆円[利払いなし]、当座預金が493兆円[3区分で利払いあり])に起因しての利払い負担が重くなる。

 

すなわち、負債の8割超を占める当座預金493兆円は、基礎残高(金利0.1%)・マクロ加算残高(同0%)・政策金利残高(同▲0.1%)の3区別からなり、金利引き上げ局面では当然、利払い支出が増える。一方で保有国債の利子収入は不変ゆえに差引の収支は悪化する。

今後の政策金利の帰趨は総合判断で決まるので、現状では確定的なことは言えないが、仮に当座預金3区部の全てで金利が1%ポイント上昇すれば、計算上、日銀収支は年間4.93兆円(493兆円の1%)悪化し、これだけで既に上記の純資産5兆円に迫る。

以上から、日銀自身は、景気回復やインフレへの対応として金融緩和の規模縮小や引締めへの転換となれば、金利上昇の煽りを受け、国債価格下落による含み損発生と当座預金金利引き上げに伴う利払い負担増という、資産の部・負債の部両者から生ずる収支悪化(国際金融市場での信認喪失リスク)を被ることは不可避である。

 

このため、「金融政策を転換したくてもできない」というのが日銀の本音かもしれない。

こうした中で、任期満了を迎える黒田総裁を含む日銀政策委員会メンバーの大幅入れ替えが新年度に控えており、当面の金融政策から目が離せない。2023年は金融政策当局にとって正念場となるだろう。