日銀による国債買入は財政ファイナンスなのか | 経済評論家・政策アナリスト 池田健三郎オフィシャルブログ「健々囂々」(けんけんごうごう)Powered by Ameba

日銀による国債買入は財政ファイナンスなのか

「法の支配」と「中央銀行の独立性」に関するヒヤリとする発言
 
「日銀による国債買入は財政ファイナンスなのか」という疑問、すなわちわが国は「政府の財政赤字の資金繰りのため、政府の借金(国債)を直接、中央銀行(日銀)に引き受けさせているのか」という、よくあるフレーズに対する、政府及び日銀双方の公式見解は、これまで一貫してノーであった。

その背景には、財政法5条による厳格な規律を求める規定があり、「法の支配」を前提とすれば、いかにデフレ脱却という政策目標が正当であっても、法を犯してまで政策発動することは許されない。当該法令順守は今後も当然かつ重要であることを冒頭に強調しておきたい。

財政法第5条 すべて、公債の発行については、日本銀行にこれを引き受けさせ、又、借入金の借入については、日本銀行からこれを借り入れてはならない。但し、特別の事由がある場合において、国会の議決を経た金額の範囲内では、この限りでない。

これまで国会で野党議員が「いま政府・日銀は、財政赤字補填分の国債をそのまま日銀に引き受けさせ、これは財政ファイナンスであり財政法5条違反ではないか」と質すたびに、麻生財務大臣や黒田日銀総裁らは、一貫して、日銀の巨額国債買入は「あくまでもデフレ脱却目的の金融政策のためであり財政支援のためではないから財政ファイナンスではない」と全否定してきた。

言うまでもなく、財政ファイナンスは全ての先進国が過去の経緯を踏まえこれを禁じている。過去というのは、旧ドイツのライヒスバンクに代表されるように、「政府が民衆に不人気な徴税を回避する代わりに中央銀行に圧力をかけて紙幣を増刷し、財政赤字を補填。その結果、紙幣は信認を失いハイパーインフレが発生、国民を塗炭の苦しみに陥れた」という黒歴史を指し、これをもって「中央銀行の政府からの独立は必須」という常識が先進国間で共有され、1998年の日銀法改正に繋がっている。

2015年2月27日、政府は、大久保勉参院議員による質問への答弁書を閣議決定。財政ファイナンスが「どのような状況を指すのかについては、様々な議論がある」としつつも、現在の日銀の国債買入は、2%の物価安定目標の実現という金融政策を目的に「日本銀行が自らの判断で、市場で流通しているものを対象に実施しているもの」であり、日銀の国債引き受けを禁じている財政法第5条に「抵触せず」と回答した。

この時の日本は安倍内閣である。その安倍氏が7月10日に新潟県三条市内で行った時局講演がネット上で取り沙汰され、筆者も視聴したところ概ね次のような内容であった。

「『国債発行は子供たちの世代にツケを回す』という批判があるが、その批判は正しくはない。なぜかというと(略)政府・日本銀行は連合軍でやっていますから政府が発行する国債は日本銀行がほぼ全部買い取ってくれています。皆さん、どうやって日本銀行が、この政府の出す巨大な国債を買うと思いますか?どこからお金を借りてくるか持ってくるか。それは違います。紙とインクでお札を刷るんですよ。20円で1万円札ができるんですから。日本銀行というのは言ってみれば政府の子会社の関係にあります。連結決算上、実はこれは政府の債務にもならないんです。ですから『孫子の代にツケを回すな』これは正しくありません」。

この発言だけでは安倍氏の真意は不明だが、そのまま聞けば「政府・日銀は一体で財政ファイナンスを実施。日銀は政府の子会社ゆえ財政ファイナンスを借金と考える必要はない」旨と受け止められかねず、安倍内閣当時の麻生大臣や黒田総裁の答弁を否定し、財政法第5条に反して政策を強行したのではとの議論を惹起しかねない。とくに日銀を政府の「子会社」と表現した箇所は、中央銀行の独立性否定と捉えられかねず、些か驚いた。国債購入原資についても、実質的に家計の銀行預金による購入であり新規通貨創出はない説明が欲しかった。

幸い当該発言は、現時点で主要メディアは報じておらず、内外マーケットに影響を及ぼす事態には至っていないものの、誤解を招きやすい言辞が多く、「前」首相とはいえ、ヒヤリとさせられる発言であった。

現下の世情においてオリ・パラ絡みのニュースでメディアが埋め尽くされている裏には、このような重要発言もある。ニュース全般への目配りは怠れないと改めて感じた次第である。