いよいよ警鐘が鳴らされた「人生100年時代の資産運用」 | 経済評論家・政策アナリスト 池田健三郎オフィシャルブログ「健々囂々」(けんけんごうごう)Powered by Ameba

いよいよ警鐘が鳴らされた「人生100年時代の資産運用」

金融庁は去る6月3日付で「人生100年時代を見据えた資産形成を促す報告書」を取り纏めて公表した。
https://www.fsa.go.jp/singi/singi_kinyu/tosin/20190603.html
 

同レポートは、金融審議会において高齢社会の資産形成や管理、それに対応した金融サービスのあり方などを議論し、その成果を盛り込んだもので、その要諦は、「長寿化によって会社を定年退職した後の人生が延びるため、95歳まで生きるには夫婦で約2000万円の金融資産の取り崩しが必要になる」との試算を示したうえで、「公的年金制度に頼った生活設計だけでは資金不足に陥る可能性があるため、長期・分散型の資産運用が重要である」というものである。

具体的には、平均的な収入・支出の状況から年代ごとの金融資産の変化を推計した結果では、男性が65歳以上、女性が60歳以上の夫婦の場合、年金収入に頼った生活設計だと毎月約5万円の赤字が出るとし、今後20年生きると1300万円、30年だと2000万円が不足すると算出している。今後、長寿化が一層進む日本では、「現在60歳の人の25%は95歳まで生きる」との推計もあることから、同レポートでは、現役時代から長期積立型で国内外の商品に分散投資することを推奨しており、定年を迎えたら退職金も有効活用して老後の人生に備えるよう求めているのである。

このような国民の中長期の生活設計に係るレポートを、年金を所管し運用難と受給者増加に直面する厚生労働省ではなく、社会保障費の増嵩が財政にもたらす負のインパクトを懸念する財務省でもなく、金融の円滑化を所管する「金融庁」が国民サイドの資産運用戦略の視点から発信したことはまことに興味深い。

そこで本稿では、今回このようなレポートが公表された背景について少し考えてみたい。

まず、厚労省が「このままだと年金支給額の大幅削減は必至で、それを回避するには年金掛金の大幅な引き上げが必須」と発信するとか、或いは財務省が「このままだと社会保障費の抑制が効かず、まともな一般会計予算が組めなくなるので、それを回避するために大幅な増税もしくは社会保障水準切り下げが不可避」と言い切るようなレポートを自ら公表することは、(政策論上はあり得るにせよ)政治的にはほぼ有り得ない。

さりとて政府として、この困難な状況(超高齢社会における社会保障経費の増嵩のなかで、成長率鈍化およびデフレ脱却の遅れによる超低金利政策継続に起因する資産運用の困難化)に直面しながら、これらすべてに頬かむりしスルーし続けることはさすがに難しいのも確かである。

こうしたことから、「行政府のどこかが情報発信し、社会全体に警鐘を鳴らしておかなければならない」との考えに基づき、差し当たり最も無難な「国民の個人資産運用」の文脈において金融庁が将来を語り、国民を啓発するアプローチが選好されたとすれば、現時点での窮余の一策として理解できなくはない。

ただ、同レポートに記載された金融庁の「心配」は「平均余命が延びるのであれば、その分の老後資金を何らかの形で確保する必要に迫られる」という当たり前の事実なので、金融庁の指摘内容それ自体には疑問を差し挟む余地はないように思われ、むしろ問題は、今回のレポートに込められた危機感を、国民が「自分の問題」として受け止め、明日からの行動に反映させることができるか否かであろう。

いくら人生100年時代を踏まえ、金融庁が「貯蓄を投資に回し、2000万円程度の資産を築かなければ、貴方の安泰な老後はないのですよ」と警鐘を鳴らしても、多くの国民がこれに反応して自らの行動を変えないならば、危機は何も変わらない。

もとより現実論としては、一本のレポートのみで国民の意識が激変することは想定し難いわけであるが、行政府として、せっかくこれだけのインパクトのあるレポートを出したのだから、これを契機として、今後はこの問題への対応を金融庁任せにすることなく、当事者である府省、すなわち厚生労働省および財務省を中心とした行政府全体における総合政策として企画立案し、いよいよ本気で多面的かつ具体的な施策に落とし込んでいくことが重要となって来ると感じた次第である。