「裁量労働制拡大」は今国会では断念へ | 経済評論家・政策アナリスト 池田健三郎オフィシャルブログ「健々囂々」(けんけんごうごう)Powered by Ameba

「裁量労働制拡大」は今国会では断念へ

このところ何かと喧しかった裁量労働制拡大を巡る国会における攻防は、政策側が裁量労働制拡大法案部分を削除することになった模様です。

 

私としては、裁量労働制にはメリットとデメリットの両面があり、その総合的な評価をしっかりすべきという立場をとっています。

 

まず、裁量労働制拡大のメリットとしては、以下のようなことがらが考えられます。

 

裁量労働制の適用対象拡大により、自由な就労が拡がり、効率良い働き方をする人が増えれば、余暇が増え、心身のストレスを軽減できる人も増える可能性がある。また、企業側も無駄な残業代を払わないでよいため人件費を抑制でき生産性が向上。そのようにして収益が改善すれば労働者への分配を増やすことにつながり、消費拡大→成長率引き上げの好循環が実現できる可能性がある。(与党が強調するのはこのシナリオです)

これに対して、デメリットは次の通りです。

 

裁量労働制が適用されても負荷が過剰なために労働時間が減らず、残業代も支払われずに、心身のストレスが増大する労働者が増える可能性がある。企業は残業代を払わないでよいため短期的には人件費を抑制できるものの、心身に支障を来たし就労できなくなるものや退職を余儀なくされる者、その他関連する企業内トラブルが増加し、かえって対応コストが跳ね上がる可能性がある。また仮に企業収益を増大させても、労働者に分配しなければ、マクロでの消費は伸びないのでデフレ脱却や成長の確保が困難になる可能性がある。(野党が強調するのはこのシナリオです)

上記がすべてとは思っていませんが、概ね以上のようなメリットとデメリットを比較衡量したうえで、最終的に
メリット>デメリット 
であることがある程度確信できないと、政策としては失敗に終わる可能性が高いでしょう。


したがって、統計データの都合のいい部分だけを持ち出して議論を誘導するなど無意味であるばかりか、かえって有害な結果をもたらすリスクがあると考えられます。

 

私見では、経営者側に今春闘で賃上げさせる代わりに、何か見返りを用意するという与党の発想それじたいは必ずしも否定されるものではないと考えますが、データの裏付けもないままに迂闊に裁量労働制を拡大した結果、目先の人件費抑制だけはできたものの、ブラック就労が増えてかえって企業部門全体の対応コストが増大して収益を下押ししたり、社会全体で負うコスト(人が足りないのにメンタルを病む人が増えるなど)が増えてしまい、結局、企業経営者にとっても嬉しくない事態をもたらす可能性は捨てきれないと思うのです。

 

ですから、ここはやはり慎重な見極めと議論が必要ではないかとの立場をとります。

 

ところで、今回の政府側の裁量労働制拡大法案提出の断念に関する新聞報道をみていて、興味深いものがありました。以下は、日本経済新聞の3月1日付朝刊記事です。

 

政府・与党は(2月)28日、今国会に提出する働き方改革関連法案に盛り込む内容について、裁量労働制の拡大に関する部分を切り離す方針を決めた。裁量労働制に関する法案は今国会への提出を断念する。裁量労働制を巡る不適切データ問題への批判が強まる中で、世論の理解が得られないと判断した。働き方改革を通じた生産性向上が遅れる恐れがある。

https://www.nikkei.com/article/DGXMZO27506520Y8A220C1MM8000/?n_cid=SPTMG053

 

重要なのは下線部分で、これを見る限り、日経新聞としては、裁量労働制拡大がプラスに作用するかどうか、何らの確定的な裏付けや、説得力ある仮説の提示もないままに、「とにかく裁量労働制は拡大されるべきであり、それが日本の生産性を間違いなく向上させる」とのスタンスをとっているようです。

 

天下の日本経済新聞が、どうして一面トップ記事の紙面でそこまで言い切ることができるのか、どうも腑に落ちないところです。根拠があるのならば、ぜひ伺ってみたいと考えています。

 

確かに、日本企業の生産性向上は喫緊の課題です。日本の生産性はG7諸国で最下位となっており、例えば日本の小売店は24時間営業など珍しくもありませんが(是正する方向にはなりつつある)、イタリアの商店などはランチタイムの後、暫時、店を閉めて休息する(その間の経済活動は休止)習慣を持っていますが、そうした国の生産性すら下回っているのです。

 

もっとも、その背景には労働に対する考え方や商習慣の違いもあり、一律に欧米諸国と日本を比較することはできないと思います。

 

有給休暇の取得日数や労働時間などの面で、欧米諸国比で圧倒的に「働き過ぎ」状態が続いている「勤勉な」日本人の習慣が何ら変わらないにもかかわらず、裁量労働制だけを「欧米並みに」といって広範に適用すれば、上述の通り安直なブラック化への道を辿りかねず、下手をすれば中長期的にかえって経営側のコストが増大させかねないというのは、肌感覚だけでも分かるような気がします。

 

いずれにせよ、データなどを踏まえた論理的な再構築が必要であり、その帰趨を見守りたいと思います。