よくわかる「日銀のマイナス金利政策」 | 経済評論家・政策アナリスト 池田健三郎オフィシャルブログ「健々囂々」(けんけんごうごう)Powered by Ameba

よくわかる「日銀のマイナス金利政策」

どうも今回の日銀のマイナス金利導入政策が「分かりにくい」と感じておられる方が多いようで、メディア関係者を中心に多くの方々からお問い合わせをいただいています。

いちいち同じことを説明するのも大変ですので、とりあえず誰でも分かるような説明を本ブログに掲載することにしました。まずは以下の記事をお読みください。

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1.はじめに

金融政策というと、何か非常に難しいもののように思われるかも知れませんが、以下のような図表を用いて理解すれば、さほど難しいことはありません。順を追って説明していきます。


2.マイナス金利導入の意義及び影響・効果


まず初めに、今回のマイナス金利導入の意義及び影響・効果について、結論を先取りしてしまえば、次の通りです。

(1)今回の「マイナス金利導入」は、銀行・信用金庫等の金融機関が日本銀行にお金を預ける場合の金利をいうのであって、一般預金者には「マイナス金利」は直接関係ない(個人の預金がマイナスになるわけではない)。

(2)北欧など一部諸国では一般市民の預金に「マイナス金利」が生じているケースがあるものの、日本はまだそこまで行っていないので、マイナス金利という言葉を悪用した詐欺などには十分注意する必要がある。

(3)「マイナス金利」は金融機関が日銀の当座預金口座に預けているお金の「ごく一部」に限って適用されるもので、当座預金全体がマイナス金利になるわけではない。

(4)「マイナス金利」は、金融機関が彼らの本来の仕事である「企業に対する融資(とくに中小零細企業向け)」を行わずに、余分なお金を日銀に預けた場合に、その一部に対してペナルティ(マイナス金利=手数料)を課すことにより、金融機関に対して貸出増加を促すことが狙いである。

(5)上記(4)にいうペナルティを設ける一方で、金融機関が日銀に預ける準備預金の殆どの部分には引き続き+0.1%の金利を付ける仕組みは温存される。よって、大量の資金を日銀の当座預金口座に置いている金融機関は、この準備預金から引き続き少なくない利益を得ることが出来る。

(6)上記(4)(5)により、この政策発動後の準備預金制度は「アメとムチとの使い分け」の構造となっている。
貸出を増やすことが狙いとはいっても、ペナルティの適用範囲が極めて限られているので、結局のところ金融機関の痛みは少ない(アメの効果のほうがムチより遥かに大)。よって、マイナス金利導入の貸出増加に対する効果は限定的と言わざるを得ない(効果は薄い)。

(7)効果が薄いと分かっていながらなぜマイナス金利を導入するのかは、誰も予想していなかった政策発動による「サブライズの演出」により、内外市場参加者に「意外感」を与え、市場にインフレ期待(及びそれに伴う株高等)をもたらし、デフレ脱却につなげようとする狙いがある。

(8)一般の消費者への影響は2つある。1つ目は、ただでさえ低い預金金利がさらに低下するというデメリット(ただし、デメリットといっても、すでに預金金利は低位にあり、ここにきてさらに金利が低下しても殆ど痛みはない)。2つ目は、中小零細業者も借入金利が低下することでさらに融資が受けやすくなるほか、個人では住宅ローン金利も低下するため住宅購入や借り換えには追い風となる。

3.今回のマイナス金利政策の概要

次に、今回のマイナス金利導入政策の概要について、分かりやすく説明します。

【図1】マイナス金利導入後の準備預金の積みあがり方のイメージ

(出所)日銀の公表資料「本日の決定のポイント」より


上の【図1】は、日銀自身が公表している資料に使われたマイナス金利導入後の準備預金の積みあがり方のイメージ図です。黒田総裁が記者会見で使用した図と同一です。

従来の準備預金制度を変更して、上のように準備預金を「基礎残高・マクロ加算残高・政策金利残高からなる3層構造」(本当は「4層構造」なのですが、この点は後述します)に変えるというもので、一番下の基礎残高(薄緑)が+0.1%の金利、その上のマクロ加算残高(青)が金利0%つまりゼロ金利、一番上の政策金利残高(ピンク)がマイナス金利(▲0.1%)がそれぞれ適用されます。

このうちマクロ加算残高(【図1】の青い部分)は、日銀がこれまで続けてきた、量的質的金融緩和を行うに際して、市中金融機関に(国債の買い入れなどを通じて)資金を供給した結果生ずる残高です。このまま緩和を続け、現在の目標(年間80兆円<3か月で20兆円>の積み増し)を続けていく限り、どんどん積みあがっていくことになります。

このマクロ加算を超えて、さらに金融機関が資金を日銀当座預金に入れてきた場合(【図1】のピンク色の部分)、これを政策金利残高と称し、本来この資金は貸出など企業部門の経済活動を促進する目的で使われなければならないものなので、この部分は「必要以上に預け入れている」と見做してペナルティ(マイナス金利=手数料)を課しますよ、というのが今回の措置です。

なお、基礎残高(【図1】の薄緑部分)は、法律で定められた準備預金に加えて金融機関が資金決済などのために日銀当座預金に保有する資金のことをいいます。

4.従来の準備預金制度と今回のマイナス金利導入との繋がり

ただ、これだけですと、一般の方々にとっては、制度の全体像が掴みにくく、準備預金の過去からの推移や、準備預金全体に占めるマイナス金利部分の位置づけが理解しにくいかも知れません。

そこで、日銀の公表データを用いて、【図2】を作成してみました。
(出所)日銀公表データをもとに池田健三郎事務所作成


【図2】は【図1】を俯瞰的に眺められるようにしたもので、ちょうど右上部分が日銀が作成した【図1】と同じ部分に相当します。


【図2】の中で一番下にある濃青部分は、金融機関が強制的に日銀にある自分の当座預金口座に最低限、預けておかなければならない準備預金(所要準備という)を示しています。これは万一の時に備えて、顧客から預かったお金を全部自分で運用するのではなく、一部(預金の種類や金額により0.9~1.8%程度)を中央銀行(日銀)に避難させておくという趣旨のものです。

もともと準備預金といえば、この部分を指していたのですが、2008年に発生したリーマンショックを受けた政策変更以降は、ご覧のようにかなり大きく様変わりしています。

すなわち、リーマンショックを受けて2008年11月から、法律で定められた強制的な準備預金(所要準備)を上回る部分(これを超過準備といいます)に金利がつけられる(+0.1%)ようになったのです。【図2】ではこの超過準備の部分を濃緑で示していますが、2008年11月以降、日銀の金融緩和政策を受けて徐々に超過準備が増えていき、ものすごい勢いで積みあがっていったことが読み取れます。

金融緩和によりマネタリー・ベースの増加を図ろうという政策(つまり世の中に出回るお金の量を増やすことにより、お金の需要に対する供給が増加するため金利が低下し、貸出や投資が起こりやすくする狙いがある)は、これを実施すると日銀に預けてある金融機関全体の当座預金残高がこのように膨れ上がることを意味していますので、金融緩和によってこのように超過準備が積みあがっていくというのは当然の現象なのです。

5.批判と今後の課題

しかしながら、元来この超過準備は、金融機関がいつでも日銀から引き出して顧客への貸出に回してよいお金であり、そのようにして金融機関による貸出が増えない限り、この政策の目的である実体経済へのプラス効果は実現しません。金融機関が日銀の当座預金に資金を預けっぱなしにしておいても、お金が天下を回らなければ意味がありませんので。

この点に関しては、従来から経済学者等による批判がかなり出ていました。金融機関は、自ら顧客開拓や営業努力をしなくても、だぶついたお金を日銀の当座預金口座に超過準備として預けておくだけで、0.1%の金利収入を自動的に得ることが出来るわけですから、これは金融機関に対する「収益補填」とか「生活保護」のようなものではないかというのです。

確かにこうした指摘が出るのも当然のことでしょう。安易に日銀当座預金の利息をあてにした経営に走ることは、日本の金融機関のパフォーマンスを低下させる危険性があります。

他方、日銀に課せられた、もう一つのミッションとして、「金融システムの安定」があることも少し頭の片隅に置いておく必要もあります。

政策当局がこれまでに苦労してきた(現在も苦労している)点はここにあるのですが、いくら緩和政策によって「貸出をしろ」と金融機関を促しても、実際に借り手が出現しなければ融資を実行することはできません。そのようにして、資金の借り手が現れなければ、金融機関は利益の大きい融資業務を十分に行うことが出来ず、苦しい経営を迫られることになります。

そのような状況が続けば、金融機関自身の体力が弱体化し、万一、破綻ということにでもなれば、それこそ日本発の金融危機を生じさせないとも限りません。実際に、規模の大きな銀行は緩和政策によって大きな利益を得ていますが、地方銀行や信用金庫の一部は、厳しい経営状況になっているところもあるのです。

さて、このマイナス金利政策が発表されるや否や、各金融機関は一斉に預金金利引き下げや、住宅ローンのさらなる金利改定(引き下げ)を発表しました。後者については、政策の目的からしても当然の成り行きですが、まだマイナス金利が実施される前から、ただでさえ低い預金金利をそそくさと引き下げるというのは些か性急な気がしないでもありません。

【図2】からもわかるように、ごく一部にマイナス金利を導入するとはいえ、200兆円を超える当座預金の「基礎残高」(薄緑色の部分)には今後も+0.1%の利息がつけられて金融機関の利益になることが保証されているのですから、金融機関はまず自らが貸出を増やす努力をした後に、どうしても体力維持が必要であれば預金金利の引き下げに手を付けるといったくらいの節操があってもよかったかもしれません。

6.むすびにかえて

いずれにしても、今回の措置によって、そう簡単に金融機関の貸出が増えるとは誰も思っていないでしょう。こうしたことから、「そろそろ金融政策も限界ではないか」という指摘が専門家の間でも出始めました。

こうなると、この先、今回のような「サプライズ」を演出して金融緩和を続けても、企業部門の経済活動が活発化してデフレを脱却していく見通しには繋がり難いかも知れません。よって、そろそろ日銀の緩和政策に依存した、現状の経済政策を大きく見直すときに来ていると思われます。

具体的には、電力自由化のような、かつては考えられなかった大幅な規制緩和を伴う制度変更などの「成長戦略」を政府一丸となって知恵を絞り実行することしかないように思われます。

政府は、インバウンド推進政策としての白タクの容認や、民泊の推進といったスケールの小さい規制緩和(それはそれできちんと検討すればよいのですが)ばかりでなく、大きな需要創出につながるような大胆な一手を早急に検討しなければなりません。

国会においても、スキャンダルや失言の追及ばかりに明け暮れていれば、肝腎の議論に費やす時間は相対的に少なくなってしまいますので、もう少し緊張感ある議論を望みたいところです。

以 上