長部日出雄は『神と仏の再発見 カミノミクスが日本を救う』津軽書房、2014の中で、地方に眠っている神社、仏閣がこれからの日本を救う、と書いていましたが、南魚沼浦佐駅にある越後浦佐毘沙門堂は地方に眠るお寺である、という印象でした。
浦佐毘沙門堂の歴史は古く、807年に坂上田村麻呂将軍が東国平定の際に建立したと伝えられています。少し調べてみると坂上田村麻呂は東国平定の際色々なところに毘沙門天を祀ったことが伺えます。例えば、岩手にある達谷窟毘沙門堂もそのような由来のようです。
立派な山門でした。

山門天井には、谷文晁筆の「八方ニラミの龍」双龍図版絵が見事でした。

先日行った長野の善光寺もそうですが、いわゆる今では裏日本と呼ばれている日本海沿いにとても古いお寺が残っており、昔は日本海側が表日本だったのだなあ、ということをつくづく思います。