こんばんは〜
あなたは余裕ありますか?
金銭的余裕
人間関係の余裕
時間の余裕
空間の余裕
人それぞれ引っかかる部分は違うでしょう。
余裕も結局相対的なもので
それぞれの中の幻想です。
とはいえ、それぞれの状況で
お金がカツカツ
時間がカツカツ
とか余裕がないとしか
思えない状況はあります。
そしてどこかに余裕がない
と言う思いを抱えている時
私たちは
自分自身や他人に対して、
非常に厳しく冷たくなります。
例えば私の実体験ですが、
人生で1、2を争う腹痛が来た時、
近くのショッピングモールに駆け込み
トイレは2階
息も絶え絶え
エスカレーターで向かうことがありました。
エスカレーターは1人用のほっそいやつ。
前にはおじいちゃん。
おじいちゃんはエスカレーターに身を任せて、
自力では一切あがりません。
括約筋から悲鳴が聞こえてます。
その時私の頭で思ったこと
「はよ上がれおじい」
非常に厳しく冷たいですよね。
というより、
おじいちゃんはただエスカレーター
で2階に上がっていただけ。
何がこんな考えをもたらすのか?
余裕の無さです。
何がなんでもすぐに
トイレに行かなければという
切迫した思いが
余裕のなさをつくりました。
もしそれが達成できなければ
最悪の事態=漏らす
=今まで積み上げてきたものが全て崩れる感覚
=死
くらいまで考えているので、
このままじゃ死んでしまう
早く退け!
大袈裟だと思いますか?
でも実際私たちの
エゴ
自我
生存本能
はそれくらい大袈裟に反応しています。
守ろうとしてくれてるんですけど、
過保護すぎて自由がなくなるのも
厳しくなるのも小さくまとまるのも
楽しくないですよね。
そもそも、
この余裕は相対的な幻想だと
いいましたが、
国で見るともっとわかりやすいです。
フィリピンの学校に行っていた時
現地の事務の職員さんが
事故に遭い大怪我をしました。
で、入院代は払えるから
入院はできたと。
でも手術代は払えないから、
大怪我をしたまま、
ただベッドに寝ていると。
日本に生まれたってだけで、
どれだけ生活に余裕があるのか。
私たちの当たり前はどれだけ感謝しても
足りないくらいのものです実は。
もちろん
とはいえ、日本で生まれてるんだから
となるのもわかります。
余裕がないと感じる部分を
何か自分の行動で余裕を生み出すのも
また楽しいことです。
ですが、前提として
すでにある部分も頭に入れておくと、
現状の余裕がないことに対しての
深刻さ、極度の恐れはなくなります。
人は恐れている時に
本当にいい決断はできません。
挑戦もできません。
今日もお疲れ様でした!
なんでも