読者の皆様
7月も終わろうとしています。
いまわたしは道化師のツアー中、
ただいま3分の1が終わったところです。
今夜を含めた残り6公演はイタリア中部からローマまで歌います。
オーケストラもベテラン勢と音楽院の混合チームで意欲的、舞台メイク衣装チームはミラノから。そしてまるで道化師さながらに芝居トレーラーと移動し、舞台になる。まるでフェリーニの『道』を思わせる世界観。
フェリーニといえばフェリーニを題材にした現代オペラを歌う契約を交わしました。
この道化師のツアーを終えたらばすぐに準備に入ります。
9月からの新シーズン開幕は、この現代オペラを含め、
地元ロマーニャ地方のみっつの劇場でふたつのオペラを歌います。
↓まず愛するラヴェンナ、
ダンテ・アリギエーリ劇場で、ラヴェンナオペラフェスティヴァルの1演目2公演を歌います。小さなソロです。
以上がわたしのシーズン開幕になる予定です。
全身全霊でのぞみ、少しでも良いものをこれら歴史ある劇場に贈り与えることができたならと思わずにはいられません。
****
さて、カヴァーのシリーズ第4回、
アクートに話を移しましょう。
アクートというのは、オペラ歌手としてはあまり過度な注目はしたくないが、
指導者としては生徒と実りあるディスカッションを期待できる話題です。理由の1つはヴォカリッツィで高いところまで歌っておくことが、技術的にも心理的にも生徒を成長させるため。
アクートでは何が一番大切でしょうか、それは音を劇場空間へ開放すること。
これを学ぶことは高音だけでなく歌うこと全体にいい影響を与える。
初学者は高音のまえで怯えてこもってしまったりするけど、高音が開放されて歌えるようになると歌うことがもっと楽しくなる。
音階を重ねてレッスンしていくうち、その傾向は増していきます。
高音というものが、恐ろしい試練というよりも喉をストレッチするのによいものだというふうに音階で考えられるようになると、演奏前に音階を高いところまで歌うの早めておこうなどとは考えなくなります。
が、プロになる段階で、このアクートでの開放感とやらを、理論的にもしっかり学んでみましょう、まさにそこにカヴァーのテクニックが関わってくるのです。
まず、高音で思い切って、叫ぶというか外にすべて出すというか、それまで溜め込んできたものを開放したかのように歌うのにもっとも大事なのは、
勇気ではなくて、完全に管理させた安全性、支えです。
つまり、喉頭と横隔膜によるAppoggio/Sostegno。
もし、感情だけでなく、おなかのなかの空気までも開放したならば、喉めがけて信じがたい圧力が打ちつけられることになります。
いっぽう空気は密閉し、この圧力が肺というか横隔膜の動きに終止するならば、喉にはなんら高音のダイナミズムを感じません。
おなかで作られた圧により、声は全部外へ開放されてゆく、説明が難しいがそんなシステムをつくらないといけない。
ある歌手に言わせれば、ソフトな息遣いならば、声帯を通過した息が喉を傷めない、と主張していたが、すると、ソフトな歌しか歌えない、ソフトな表現しかできない、ドラマティックなレパートリーはぜんぶ声に危険ということになってしまいます。
だから問題はソフトに歌うかどうかではなく、カヴァーしてるかどうか。
喉が強い人なら強い息をぶつけて歌うことができると述べる意見もあるけども、どんなに喉が強いように見える人も声帯そのものは鍛えられない。
カヴァーを学び、声帯を空気が切り裂く歌い方は音大か音楽院とともに卒業するべきだと、、、理想論かもしれないけど生徒諸君には求めていきたい。
語弊もあるが、
密閉したなかでおなかの空気圧をアコーディオンのようにつかうのがSul fiato, 密閉しないで話すように歌うことがCol fiato と生徒には説明しています。
しかし後者は一応近代以降のオペラやモーツァルトのあるぶぶんでは正しく使えることを指摘しつつ、
基本技術としては前者を採用するとレッスンしています。
このふいごの動きを、AppoggioおよびSostegnoとしても説明することができますが、
ここではおいておいて、
いまはこう断言したいと思うのですが、カヴァーによって圧を封じ込めたなかではじめて顕著に支えを感じられるのではないか、と思うのです。
そして、それこそ、高音そのものをじぶんが出したいように出す技術、あるいは完全な落ち着きと安全とともに高音を歌う技術だと思います。
これがパヴァロッティのいう窒息する感じです。
そして間違えてはいけないのは、声そのものは閉じこもったり引っ込んだり暗く丸めたりしてはならないことです、これはわたしのレッスンだけでなく、さまざまな現場で指導者に修正してもらってください。
あくまで声を開放するためにこそカヴァーがあり支えがあります。
声を開放することにたいしみっつのアドバイス/コツがあり、ひとつは声に伸びしろがある感じです。劇場全体に楽に声を満たしてみましょう。ふたつ目はつぼみが花開く感じです。最後の3つ目は狭いところをくぐり広いところに出た感覚。砂時計を通り抜けた感覚。このみっつともつまり喉を開けろというアドバイスですが、名テノール、ジーリのアドバイスも同時に心に留めましょう、つまり彼いわく、喉を開けて歌うのは声に悪いがじぶんにそれができるのは呼吸法をマスターしたからだ、と。このジーリのアドバイスは、ともすると喉を開けて歌うと喉を傷めると主張する先生に流用(悪用)されたりするが、当然、呼吸法をマスターして(カヴァーして)喉を開けて歌え、というアドバイスとして、若い歌手の皆さんは受け取るべきです。
イタリア人言うところの、la gola aperta e la suona coperta であり、
それは、la suona aperta でもないし、ましてやla gola coperta (chiusa) ではない。注意して理論を学んでください。
もしあなたが高音を歌うときにまるで空気を使ってないかのように感じ、かつ劇場空間の中で最大限にのびのび響きを拡大できてると感じたならば、その感覚をこころに刻むように。
最後に、これはわたし自身へのアドバイスですが、高音をとかく強調しすぎないことです。高音に過度なアクセントを与えれば逆にカヴァーが外れ、
喉を痛めるだけでなく、様式性のある高音にならない。
流れの中でアクートしなさい、と偉大なコーチたちは言います、、、
が、なかなか難しい。というか、歴史的な歌手を除くなら、
一流劇場で歌う誰しもができてることとは言い難いほどです。
まずはレッスンであなた達に理論と方法を教え、そのあとあなたたちを劇場に入れますが、あとはあなたたちが劇場という教師から教わりなさい。
***
パッサッジョ・アクートとカヴァーとの関係という信じられない話題を終えました。
が、じぶんで書いていて思ったことは、ここには秘伝といわれるような情報はなく、ひたすら体感して覚えてくしかないことですが、
まずは、このブログで基本理論が書けたことは嬉しく思います。
パッサッジョアクート編を土台に、
次回、最終回は訓練編にうつりたいと思います。
では第5章をおたのしみに!