読者の皆様、如何お過ごしでしょうか。1月はイタリアでもっとも寒いといわれる月で、ここをピークに2月からは少しずつ気温が高くなるなどと言われておりますが、もっともわたしのように凍るような冬のパリで5年過ごした記憶がある者には、あるいはドイツの冬を2度越した経験のある者には、イタリアでの寒い記憶というものがない、というのが正直なところです。今朝も小高い丘の駐車場に車を止め、霧の少し出た山道を散歩した。山河を廻り、途中のバールで新聞を読み、カプッチーノをすすっているとは、あたかもイタリア版の夏目漱石のような、味わい深い感傷にも襲われそうなものですが、じじつは身体のリラックスとは裏腹に、ふつふつと危機感が湧いてきます、こんなことではいけない、いったいお前は何をやっているんだ?と。そして家路を急ぎ、ヴォカリッツィを開始するのです。
この11月末から1月末は、どちらかというと指導者として大きな変革があった2ヶ月間であり、それは幸運なことです。いまだわたしのような廃車寸前の歌手が頼られており、である以上、かれらにとって最上最高のものを届けたい情熱に燃えております。しかしながら、それでもなお言いたいことは、劇場が恋しくてたまらぬ、ということです。11月を最後に、まる2ヶ月ちかくを劇場と関わりなく過ごし、さすがにじぶんが何者か、わからなくなってきました。去年は、フェッラーラ、ルッカという憧れていた劇場でデビューし、またアイーダのアモナズロ、道化師のシルヴィオを演じ、ラヴェンナでもソロをいただけた。この状況下、ありがたい事です。が、いまや、60日間も劇場から離れている。その日数は休業手当てでカバーされるとはいえ、馬蹄形の劇場でオペラを歌っていない時期は、オペラ歌手とはいったい世間では何者ですか?強いて言えば、オペラ科バリトン専攻の学生、ですね、ですから休業手当ては奨学金として受け取っておきましょう。こうして、日々、準備は整え、ZOOMでも稽古が始まり、エージェントの前で弾き語りで役の歌いだしを聴いてもらったりし、すくなくともスケジュール帳上では2月半ばから劇場での稽古開始であるため、アドレナリンは高く保っております、、、。

さて、やっとこのシリーズの最終回がまとまりました。
最終回は、音楽大学を目指すあなたへ、と題し、わたしとしては、初、となる音楽大学受験対策を語ります。初、となる、と申しますが、もしかしたら限りなく最後になる可能性もありますから、受験生の諸君はぜひ参考にしてくださるよう。といってもことさら他では読めない珍しいことが話せるかはわかりません。ちなみに今日、お話する内容はすべての音楽高校受験にも適用可能です。

音大受験は、とにかく決められた課題に毎日まじめに取り組めば受かるものだとは思います。だいいち、音楽大学を志す時点で、あなたは音楽が大好きなはず。わたしはヴァイオリンを昔からやっており声楽で音大を受けた変わり種ではあるが、とにかく受験期間は楽しかった。聴音、新曲視唱、楽典、すべてに新鮮な発見があった。
ここでは、それ以前の、音楽高校・音楽大学に入る意義、について語ることは止めますが、わたしは、次のみっつのケースによっては音楽大学進学を勧めません。ひとつめは今現在、音楽高校に通っていて将来留学を志望してる場合。この場合、確実に、卒業あとは留学をサポートさせて頂いております。ふたつめは、いますでに普通大学に通われている場合。この場合、音楽大学大学院か、あるいは、海外進学かを勧めます。みっつめは、今現在、親御さんなどの都合で海外在住の方で、これは言うまでもなく現地の音楽院に進学するべきです。
しかし、つまり、わたしは、基本的には、十代の方が音楽大学ないしはそれに類するアカデミックな教育機関へ進学すること、に全面的に賛成です。
わたしのクラスには、十代からヨーロッパで学びたいという方、また彼らのご両親様からメールを頂いておりますが、わたしはたいへん良い傾向と思っています。唯一、クリアせねばいけない問題は、日本人は基本的には、高校を出るまでは日本にいることを、ある程度までは強いられている気もします。ご両親が欧米に移ることがない場合は、ホームステイという手を使って、高校に行く代わりに音楽院に進む手もあります、が、いまのところ、わたしの生徒に関しては例がありません。この点、わたしももう少し勉強し、欧米で早くから学びたい生徒に道をつけて差し上げたい。ともかくヨーロッパ人の学生などは15歳から音楽院でオペラを学んでいる。だから、日本の若い歌手志望がヨーロッパで学びたいと思うのは、オペラ歌手の卵としての自然な本能だと思います。

  ここでは、基本的には、こう述べてまとめておきます。
いま12-15歳の人には音楽高校受験を勧めます。
いま16-18歳の音楽高校生には音楽院受験を勧めます。
  16-18歳の普通高校生には基本的には音楽大学受験を勧めます。
  しかし例外的にこの普通高校生がかなりのクラシックの音楽的素養があるならば音楽院に留学してもいいと考え、それをサポートしております。

さて、こう述べると、やはり声楽家志望の若者が、今現在の音楽界の状況下を鑑みるならば、基本的には音楽高校・音楽大学受験を経るのが普通の道である、とまずは示し、いま、本題である音楽大学受験対策に話を戻したいと思います。

ふつう受験とは苦しい経験だと思いますが、先程も述べたように音楽大学受験に関して言えば楽しくまた有意義な経験になるだろうと思います。
十代は、幅広く学ぶことに興味を持ってるし、そして結局、その幅広い音楽知識があとでどうしても必要です。たとえばピアノを弾くことです。音楽高校・音楽大学に進むとき、進んだあと試験で必要だというのはごくごく一部のことで、まず第一にオペラ歌手として膨大なオペラ作品をピアノを前にしないで譜よみ・暗譜していくのは無謀すぎます。
読譜能力をつけることは受験のためにはかなりの能力をつけなくても良いですが、結局は後でかなりの能力が必要です。わたしはヴァイオリンを引いていた幼少期、耳コピ派でした。しかし弾けるようになってくると先生から多数の複雑な曲を渡され、楽譜から音を起こさないと追いつかなくなった。つまり、耳コピが通用したのは、一曲一曲をゆったりじっくり学べた子供のときだけ。
というわけでまずは【新曲視唱】について述べましょう。じぶんの志望する音大・音高の課題に無いよ、という方もいるかもしれませんが、そういうひともぜひやりましょう。楽器店で売ってる課題集を集めることから始めて、まず調号3つまで歌えることをマスターしましょう。
移動ドでよむか固定ドで読むかですが、頭の中で読む段階、ではどちらでもよいです。しかし歌うときは書かれた譜で読むことを勧めます。
どんなに音がわからなくても3回くらい歌うとじぶんでなんとなく歌えるものです。わからないからといきなりピアノを叩かず、まずは制限時間を定めずに、自力で歌えることを目指しましょう。先生とのレッスンでは、時間を区切り、すばやく読む、練習も大事です。両方やりましょう。
また、筋トレ、として、音取り筋を発達させる和音練習をたくさんしましょう、これはレッスンで紹介しますが、プロのオペラ歌手の日々の耳直しにも最強です。これに関してはわたしがあなたに行いましょう。
初心者の人はフランスのソルフェージュ教育で行われる音符の音名だけ読む特訓がいいです。ト音記号とへ音記号、まんべんなく鍛えましょう。

新曲視唱と兄弟のように対となり互いにソルフェージュ能力を補い合うのが
【聴音】です。聴音は、わたしは先程述べたように耳コピ派でしたからあまり苦労しなかったが、苦労する人もいます。まずは、音楽というものを頭で図形化するというか、構造化することができるかだと思います。なんとなく流れてってしまうのではなく、いちいち音を音符として認識する。
これもまた、ピアノの先生に、まずは制限回数を決めずに何度もひいてもらうことから始めてください。
できるひとは一回で書けるしできない人は何度引いてもらっても書けない、その理由は、聴くことと書くことが邪魔しあうせいです。この対策は一つ、まずは頭のなかでちゃんと書く、ことだと思います、そのあと落ち着いて書く。
わたしはザッとリズムや下書きをしたほうがいい、と思うようになりましたが、これは和音進行のような音楽理論的な知識がついていったためです。
つまり、ざっと下書きでリズムや基本的な音を書けば、あとで辻褄合わせするのが上手くなった。でも、これは一種のズルであり、最初は勧めません。やはり、基本は、ぜんぶ聴き取れるちからをつけていくことです。課題集を買うよりもピアノの先生に、ピアノ稽古ついでにお願いするのが良いでしょう。
オペラ歌手の人にも時々は聴音が必要です。なぜなら声楽家は喉がやられる前に耳が馬鹿になるからです。ひとに音が低いと頻繁に言われても直せなくなったら、車の定期メンテナンスだと思って、ソルフェージュの先生の門を叩いてください。

たぶん、あるひとには一番かんたんで、あるひとには最も難関になるのが
【楽典】です。まず、先にいうと、楽典の勉強は、ひとりでやるのは難しいです。机に向かって300時間勉強しても理解は難しいのが楽典です。それより先生に30時間で叩き込んでもらいなさい。じぶんで楽譜を書く環境に行くのもおすすめであるということも聞いたことがありますが、そういうことのできる子はそもそも楽典で苦労する子ではありません。楽典に穴があることは後々たいへんな苦労になるので受験生時代にほんの小さな疑問もないがしろにしないでください。

たぶん受験課題でもっとも問題にならないのは【コーリューブンゲン】です。
これは特に述べることがありません。音程を中心に、シンプルに正しく歌えばいいだけです。試験にはそのまま出題されるわけですから、機械的にぜんぶ歌いこんでおきましょう。

【ピアノ】はピアノを弾いてきた人には何ら問題はなく、これまでいちどもピアノに触ったこともない受験者にはなかなかの試練かもしれません。しかし、もしかしたら一番楽しくて面白い課題かもしれません。ピアノの限りない豊かな曲たちをじぶんの指先でつくることはたいへんな喜びです。強いて言うなら対策は、とにかくいきなり課題の楽曲から取り組み、目隠ししても弾けるくらいまで繰り返し弾いて、発表会で何度か弾くことです。人前で上がる人は友達と弾きあいをしなさい。上手く弾こうとしないで、ゆっくり確実に思い出しながら弾けるかどうかです。ピアノが弾ける人にとっては簡単すぎる曲目ですが、初心者には難しすぎる曲目を弾くことになるので、ピアノ初心者の必要受験期間は最低でも半年から一年です。

最後に【実技】ですが、求められるのは、イタリア古典歌曲(全音の楽譜第一巻が中心)、日本歌曲(やはり全音の楽譜第一巻が中心)、それからアリア、の3カテゴリーのみ。アリア、は、自由に選んでよいわけではなくみえざる課題曲があります。だいたいこういうものを歌わないといけない、こういうものは歌うべきではない、というものがあります。モーツァルトをはじめとする古典のアリアか、あるいはベルカント期の短いアリアを選べば問題はありません。しかし、あなたの先生と時間をかけて相談しなさい。モーツァルトやチマローザのアリアなら問題ないが、しかしバロックのアリアはあるものによってはしばしばイタリア古典歌曲とみなされる場合もあり、注意することです。有名なのはペルゴレージの奥様女中のアリアや、グルックのオルフェオとエウリディーチェなどです。

イタリア古典歌曲で、基本的な清潔感・様式感・音程のとり方を審査され、
日本歌曲では、歌手としての基本的素養、フレージングや歌詞の扱いを審査され、いわば歌そのものの上手さを問われてる気もします。
アリアでは、声そのものを審査されている、、、と考えていただければよいかと思います。
受験校によっては、イタリア語以外の外国語歌曲、基本的にはドイツリートが必要ですが、求められていることは、以上の3カテゴリーとそう遠いものではありません。
曲を選ぶとき、スラスラかんたんに素晴らしく歌えるものを先生と最高に素晴らしいレベルにまで持っていくことが大事です。歌いにくい曲を、たとえ先生にそれを歌えと言われていても、試験に持っていくのはあまりにも愚かです。

受験には必要ないがやってほしいことは【語学の勉強】です。しかし受験生に言いたいのは、まず英語をマスターしてください。英語の次は、音楽大学などであなたが将来行く国の言語を中心に学んでください。

さて、ここからは有効な勉強法を述べたいのですが、
かなりおすすめなのは、音楽大学が開催する夏期講習、冬期講習、で、たとえ志望してる場所でなくてもいいからぜひ行ってみましょう。わたしは、国立音楽大学の講習を夏期・冬季と受講したが、ソルフェ・ピアノ・楽典、すべての授業が新鮮な実りある学びでした。受講生同士でさまざまな話ができたことも利益がありましたが、とくに国立音楽大学大学院オペラ「コジ・ファン・トゥッテ」の公演をいまでも覚えていて、全キャストの歌声を覚えています。どうやって歌うか?どんな声で歌うか?大学院オペラ科の方々の声を聴いて、一発でゴールを示してもらった。

とにかく友達や仲間をつくって一緒に受験勉強するのが良いのでしょう。たとえば聴音なんかはお互いに弾き合いしたりして勉強したりもできますし、ピアノの弾き合い、歌い合いで、本番のリハーサルもできることでしょう。先生のほうがこうした環境を作ってあげられるといいかもしれません。

まあ、以上、本日述べたことは、もうやってるよ、という方がほとんどだったかもしれませんね。ようするに受験勉強に裏技はないのかもしれません。

、、、最後にエクストラとして、かんたんな実技のアドヴァイスを残しておきましょう。そして、このシリーズを終えることといたしましょう。

◎練習は音階練習を基礎にして、1日のなかで45分以内で声を出すこと。うまく行かない箇所を何度も練習したりしてはいけない。
◎十代のうちは、高音は一人で勉強するのは【絶対に】厳禁です。
◎発声日記をつけること。声の調子が悪いときは、一週間以内どのような声の出し方をしたか日記を振り返り原因を探りなさい。
◎ひとから音程を注意される前に、あなた自身が、自分のいちばん厳しい音程の先生になりなさい。
◎よく聴講すること。
◎ときどきは友達と練習することも良いです。ともだちが歌うときはあなたがかんたんな伴奏をひく練習をしなさい。
◎鏡を前に練習しなさい。歌ってるときの顔の歪みがあればなおしなさい。
◎毎日歩きなさい。スクワットをしなさい。
◎ときどき録音を取りなさい。そしてピアノを弾いて、音がずれていないかチェックしなさい。
◎ひとつの曲を何ヶ月も練習しないで、たとえばイタリア古典歌曲集ならば一冊を先生と一年でまるごと学びなさい。その曲で、乗り越えがたい課題を見つけてもそれにこだわらず、その課題はタンスにしまい、次の曲に行きなさい。

では、皆様、次回のシリーズ、次回の記事をどうぞお楽しみに。
ご愛顧、有難うございました。また宜しくお願い致します。
Ken