読者のみなさま、こんにちは。
わたしはラヴェンナからペーザロに戻ってきました。
ラヴェンナでの隔離生活から、エミリア・ロマーニャ州の保健省の車で搬送され、ペーザロの家に送っていただけたのでした。
今回はラヴェンナでの公演でのチャンスを逃してしまったという悔しい思いがないわけではないが、
劇場からの報酬や、滞在費、それから政府からの補助金もいただくことができ、こういう部分では、感謝してもしきれない気持ちでいっぱいです。
むろんこの秋から冬にかけては公演がさらにキャンセルになる可能性は否定できず、今月末はペーザロおよび 「リゴレット」の公演があるが、延期になることは予想に難くない。
しかし、j決して恐れることも、焦燥感を感じることもなく、今はこの共和国とともに一丸となって、ワクチンが到着するまで耐えてみせようと決意しております。それは、オペラを劇場で歌うことと同じくらい、はるかに有意義な挑戦であると思っております。(イタリアは1月末から1億7千本のワクチンを、まずお年寄りの方を優先して摂取開始される予定です)。
「まくら」はこのあたりにとどめ、どうぞ本編をお楽しみくださいませ。
2 呼吸法の初歩をかんたんに
呼吸法の基礎、を主に、音大受験前の方、あるいは、初歩学生のために語ってみたいと思います。
わたしが、最初に勉強した呼吸法は、横隔膜式呼吸、フレーズを歌う前に、横隔膜を深く下げながら息を吸い、歌うときはその横隔膜の深みを維持しつつ歌う、というものでした。その横隔膜の深い位置を維持するには?そのとき指示していた歌手の先生からは、とにかくも筋肉を鍛えるように、たとえば腹筋を鍛える姿勢からでも歌えるように、と教わった。
この方法で、わたしは1年以内に音楽大学に入ったのだから、それほど悪い方法でもなかったに違いない。
しかし、今のわたしならば、すこし改良するかもしれない。
つまり、息を深くとって横隔膜を深くしてから歌い始めるところまでは同じであるが、しかし、横隔膜は深いところに維持しようとおなかをかためさせることは、わたしはしない、ということです。
むろん、理想を言えば、徐々に、筋肉をかためる以外の方法で肺の空気を維持する、という方法を学んでもらいたいが、これはもうどう考えても初歩ではない、と思います。
『わたしの生徒に限って言えば』生徒自身が理解するかどうかはともかく、横隔膜が使える状態に導いているつもりです。
わたしの生徒における高校生のかたが、そのあと、そのまま、イタリアやオーストリアの音楽院に直接すすめているのは、
横隔膜が自由につかえて、響きだけでなく、表現もまとまっているからだと感じます。
深く吸えていることと同じくらい重要なことは、横隔膜をとめないことです。
この自然な上昇に声が載って響いている、という状態をまずは作り出します。
これは、曲の中で実験しないで、まずは音階練習の中で徹底して学ぶべきです。
この、おなかの自然な上方向への圧に対して声がそれに載って出ていくという練習をモンセラ・カバリエは最低2年学ぶように伝えたといわれます(カバリエの弟子であったわたしの元恋人の証言)。
2年は長いように感じるが、つまりまずはそこから始めないといけないということを大歌手は語っている。
さて、横隔膜を下げながら肺に空気を入れた状態のとき、それは、いわゆる肺の中の風船、という状態を作り出します。
オペラ歌手は、この風船に圧を加えることで、ちょうど車のエンジンがピストンによってエネルギーを生み出すように、響きを生み出します。
つまり、空気の風船を維持せよ、というルールだけみるならば、それは真実です。
問題は、それを腹筋や背筋で固めて維持するならばどういう結果を生むかですが、第一に横隔膜=ピストンのぶぶんまで固まってしまいます。というか、それ以前に、喉が固まってしまっている、というひとも多いと思われます。
むろん、腹から声を出す、という日本の伝統芸能にみられる声の出し方もあるが、イタリアの伝統芸能ではどうも無関係のようです。
しかし、筋肉そのものを否定するつもりはわたしは全くなく、使ったほうがいい筋肉もあり、それが骨盤筋、斜腹筋などですが、ちからを込め酷使するわけではまったくない。
そして、結果としては、オペラ歌手のみぞおちが、強く外部へ、前方へ動いているとき、肺のなかの風船が最も気持ちよく保たれつつ、そこに活発に圧が加えられていることを示しています。それは、より呼吸法の勉強を正しく進めた結果です。
初歩を脱した人、音楽大学・音楽院に進んだひとは、呼吸法をそのように進めて学ぶべきでしょう。
ともかくまずは、あなたたち、音楽大学、音楽院を目指す高校生のみなさんは、歌っているアリア、歌曲がぎこちない、歌いにくいものにはなっては元も子もないのです。
おなかを固めるようにして、力強い声にはなったけど、志望する音大や音楽院には落ちてしまった、では、どうしようもありません。
もちろん正しい発声がアカデミズムに認められるわけではないのも本当だが、
正しくない発声がアカデミズムから拒否される例も、同じかそれ以上多いことにも注意を払うことです。
舞台で迷ったときは、深く吸って歌い始めること「だけ」考え、そのあとは忘れ、ことばをホールに響かせることを考えなさい。
そのとき、もし、横隔膜で気持ちよく声を押し上げ、ホール全体に届けられている感じを身体で感じるときはそれを記憶し、先生のところで実験しなおしなさい。
わたしが、自他ともに正しい呼吸法らしきものにたどり着いたのは30歳以降、ドイツやイタリアの市立劇場で歌い始めてからのことです。
あなたたちも、狭いレッスン室「だけ」で呼吸法のすべてをつかもうとするのはやめなさい。
では次回の記事 「高校生のための発声入門 3 まずは中音域から」 をお楽しみに。