いまだ、引き続きラヴェンナ劇場からお届けしております。

さて、公演中は美しいバールが開放されておるのですが、わたしもここをよく利用しこの記事をまったり書いていたりする。

さて、来月に向け、シャルパンティエの「テ・デウム」を勉強し始めました。

来月12月はこの「テ・デウム」のバスソロを3公演、バッハの「マニフィカト」のバスソロを2公演歌います。

去年の12月もスターバトマーテル(ロッシーニ)とグロリアミサ(プッチーニ)を歌ったが、今年の12月もまた宗教曲を歌うことに集中することに。今年は間断なく毎月オペラの舞台で仕事をしたので、1ヶ月、オラトリオに集中するのは、違った観点で声楽を見つめる機会にもなる気もしてます。


さて今日から1ヶ月書き溜めていたシリーズ。


パッサッジョでいかに支えるかという記事を三回に渡りお送りします。

しかしながら、パッサッジョで支えるという言い回し自体、すでに謎めいております。

パッサッジョで支えるとは同じポジションを保持することですが、たとえばポップスやミュージカルではこのような概念は存在しませんね、なぜなら低声から中声、中声から高声に行く際、徐々に、喉のスペースは小さくなり、それに応じて歌う場所そのものが移動する歌唱法を採用するからです。

歌う箇所が移動することで、例えば高音がそれを出すに適した場所で楽に出せる(ヘッドヴォイス)。これがポップスにおけるチェンジヴォイス。

オペラの場合、のどが狭くなる箇所で、のどをあけてやり、歌うポジションを変えないことを目指しますから、つまりオペラの場合のチェンジとは歌う箇所のチェンジではなくて、喉のスペースの拡大の変化であるということ。

支える、とは、このポジションの固定性を支えることで、そのために何が必要かというのがこの記事シリーズです。


パッサッジョで、歌うポジションを変えなければ声は常に前方を目指すことになります。

自然に、ポップスのように歌うならばミドルボイス、ハイボイス、、、と歌う方向は上方、後方へと切り替わってゆく。

喉を開ける方法は、この自然な方法に対し、やや人工的でメカニックな方法で、オペラを歌う身体というマシーンを作る方法であると言えましょう。


無論、パッサッジョを知らなければ歌うのに困るわけではありません。それはオートマ車で何ら生活には困らないのと同じ。

パッサッジョなど考えなくても美しい自然な声は誰もが持っており、それを使ってひとを感動させることができる。

オペラの歌唱法には、パッサッジョの知識が不可欠、というような書き方をわたしはしてるようだけど、それもまた、厳密に言えば不正確。多くのオペラ歌手が、一流からアマチュアに至るまで、パッサッジョなど考えずに歌っているし、そこに不都合はない。

しかし、パッサッジョを熟知するならば、高音の苦労は取り去られ、すべてとは言わないが声の疲労や声楽的な事故はかなり確実に未然に防げ、また、ヴェルディなどほんの一部の作曲家のレパートリーを増やすこともできるでしょう、それらの点は、わたしは小さくないメリットだと考えます。


いずれにせよ、読者の皆様には、お気楽に、より専門的な声楽の世界について、楽しんで読み流してくださり、更に声楽に対し興味を抱いてくだされば幸いです!

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パッサッジョでいかに支えるか、その第一回は

横隔膜について、です。


パッサッジョで支える、とは、ポジションを保持するため喉を開けることだ、と言いましたが、しかしどうやって?

空気を使って、です。

ですから空気を送り込む主要機関である横隔膜をまずは考えましょう。

横隔膜を使い空気を上昇させねばなりませんがそのためには3つの諸筋肉について学ばばなりません。それは骨盤筋、

この3つの諸筋肉は、強化する必要がありますが、強化よりさらに重要なのは滑らかなるコンビネーション。

それは車のピストンにも似てさまざまな部品たちが喧嘩せずに動いてピストンが上昇します。

おなかをへこませれば、あるいは前に突き出せば、横隔膜の支えになるわけではありません。


さて順序立てて空気で喉を開ける筋道を説明いたしますね。


まずは空気を吸います、実は多く吸う

必要はありませんが、多く吸っても構いません。多く吸って暖かい音を生み出したり、敢えてあまり吸わずに強い緊張を横隔膜に強いて冷たい輝きにしたり、それは各人の自由です。

吸ったあとは、次いで、密閉し(今シリーズ第三回目で述べます)その空気を保ちます。最後、歌う際は、横隔膜をつかい空気圧を高めていきます。

このとき空気で膨らんだ肺を押すような圧が感じられ、喉が空気圧で膨らみます。この時点で喉頭がより弛緩していれば(第二回目で述べます)喉がを開けることの筋道は実現できています。


喉を開ける、というとき、開ける場所はあくまで喉、喉頭の後ろであり、口の中や口の奥ではありません。


声楽理論においては、イタリアにおいても、喉のスペースはあくまでイメージによるもの、という見識が主要ではありますが、歌手の観点から述べるならばそれはイメージではありません。それを教えてくれたのは、メゾ歌手ラウラ・ブリオリであり、彼女はリヴォルノ・ゴルドーニ劇場研修所で、喉は、密閉を持ち然るべく横隔膜を使うならば実際にスペースが開くという様子を、医学用スライドで説明してみせてくれたのでした。劇場のリハ室に歌手たちのどよめきが起きたのは忘れられない、つまり歌手たちのなかにも、喉を開けることが都市伝説のたぐいと思っていたひとがいた。


つまり喉を開けるとは、軟口蓋を上げ舌を下げ、口奥をあけて、「まるで」喉いっぱいまでにあいている「感じ」、ではなく、喉(喉頭のうしろ)が実際に空間を増すこと。


喉を開けるとは、決して基礎ではなく現役オペラ歌手または劇場でキャリアを積んだ歌手だけが知り得ることかもしれません、わたしもこの技術を音楽院で習ったわけではない。教師の誰もが喉を開けろといい、そして誰もがそうはしないこと。


さて、本題ですが、パッサッジョでは喉が狭くなろうとします。この箇所に突入する際、横隔膜はいよいよ活発に働かねばなりません。

そしてこの高い空気圧を難しい箇所で保つことを学ばねばならない。それは、横隔膜から空気を送るだけでなく、密閉すること、それから喉頭を変化させることを学ばねばならない。しかし高い空気圧を保ち、広い喉がパッサッジョ、高音で達成されるのであれば、それは高音の苦労からの開放も意味しています。高音を歌うとき、もしそれが低音と同じくらい楽であり、テンションもないと感じたならば、そのときギアチェンジが成功したと言うことであり、支えることにある程度、成功したということ、であるといえます。生徒諸君で、ヨーロッパ行きを考える者はできれば日本である程度、この技術を習得してほしい。


さて、パッサッジョにおける横隔膜の役割ですが、それは支えることだけにとどまらない。高音が楽になること、で横隔膜の役割はおわりではない。パッサッジョには、よりもっと困難な課題が待ち受けており、そしてその課題を打ち破るものも、やはり横隔膜。

それは【パッサッジョで声の伸びを横隔膜でつけてやることです】。

これこそ3流オペラ歌手から2流オペラ歌手のあいだに立ちはだかる壁を打ち破ること。

パッサッジョの歌い方をある程度マスターしたならば、たしかに高音は問題なくなります。

だが実はパッサッジョそのものの音のクオリティを上げることが難しい。

いわば高音の楽さを優先し、パッサッジョで苦しいような、むせぶような、これをキウーゾというが、どのみちある種の音の伸びを犠牲にしている。

しかし、より上質な音を目指すならば、パッサッジョで苦しいつまった感じの音を、あるいはそこで地味にくすんだ感じにしない、努力をしなくてはいけません。

ともかく、横隔膜のさらなるうまい使い方で、密閉しつつしかし音は開放的に劇場いっぱいに満たすことは可能です。このいっぱいに満ちた音は、密閉がないならば響きも散るが、空気圧で喉が空きつつ、開放された音は響きを保つ。しかも喉を傷めず安全にできる(密閉され、空気が声帯を切り裂かないため)。その差は歴然です。


いかにすれば実現できるか?


これはずばり喉にある空気のクッションをいかに横隔膜で押すか、その押し方に、ヒントがあります。喉が弦ならおなかは弓、この弓の使い方でヴァイオリンから鳴る音が変化します。


わたしが人類で最も敬愛するエットレ・バスティアニーニがパッサッジョの箇所を歌うときいかに伸びやかでしょうか、しかしこれはあくまで安易な、アペルト、でもないし、ましてやイタリア的な明るい母音の歌い口、ではない。


パヴァロッティがパッサッジョに5年かかったと述べていますが、まさに密閉しつつ明るい声の伸びをもつことの難しさに、この偉大なテノールもまた苦労したことを示しております。


レッスンでは細かくおなかの精密な使い方、あるいはさらにアーティストの立場から述べておりますが、今回は煩雑になるため、これらを記述することは避けましょう。回を改め、今後書いていきたいと思います。


さいごに注釈として、支える、という用語に触れましょう。


支えなさい、と先生たちはいいますね。

支えるという用語はイタリア語には二種類存在します、ひとつはAppoggioの支え、もたれかかる支えです、もうひとつはSostegnoの支え、こちらは文字通り下から上へサポートSostenereすること。このふたつはいっけん、矛盾し、じっさい別概念です。

Appoggioの支えとは、歌うポジションが変わらないようもたれかかること。つまりリラックスの大事さにもつながるが、Appoggioによりある程度、ただしいポジションを維持できます。

ただしこれはある部分結果論な点もあり、喉を開けることに成功するからこそもたれかかれるのであり、もたれかかるから喉が開くとは限らないことに注意してほしいと思います。

密閉がうまくいかなければ、Appoggioはパッサッジョでどのみち自動的に取り除かれます。

Sostegnoに関しては横隔膜により空気を上昇させるメカニズムそのものです。

AppoggioとSostegnoは両方合わせて、ひとつの支え、であるが、それは上方向のちからと下方向へのちからとのバランスで歌うとかでは無論ありません。


今回は下書きに時間をかけすぎ、かなり長文になりましたが、ごゆっくりお楽しみいただければと願っております。やや、わかりにくい点もありましたでしょうが、生徒諸君の皆様はどうぞレッスンの中でなんなりと質問してくださりますように。

シリーズを続けましょう。

次回は喉頭について述べます。お楽しみに!