
(スリークッション用のシャフト)
それは先角を軽くする事。
これは半世紀以上前からキャロム
ビリヤードの世界では常識だった。
アメリカン・プールの世界のみが
その認識の広まりが立ち遅れてい
ただけだ。
だが、プールとて当初は先角は短
く軽量化されたものが使用されて
いたという事実がある。
だが、いつの間にかどんどんフェ
ルール長が延長され、先端が重た
くされる逆進化≒退化が進行した。
1980年代の中ごろまでは高級品の
プールキューの先角は戦前戦後ま
でのブランズウィックのビッグホ
ーンの角から移り、象牙が使われ
る事が多くなったが、象牙だろう
がプラスチックだろうが1インチ
以上の物が使用された。
(戦前のカタログ記載通りにビッ
グホーンの角が使用された1940
年代のブランズウィック製のプ
ールキュー。まだ先角の長さは
短い)

天然素材を先角=フェルールに使
用したシャフトは、かなりキュー
先が重たく、不必要な不正バウン
ド=ディフレクションが増大する
プール・キューになってしまって
いた。1960年代末期頃からその傾
向が広まった。
ボブ・メウチのキューなどはその
傾向の典型例で、新開発のプラ製
にこだわったとはいえ、超特大フ
ェルールによってキュー先はビヨ
ンビヨンで的玉を入れる事さえ困
難になってしまうキューだった。
カスタムラインではリチャード・
ブラックとポール・ヒューブラー
がビヨンビヨンの代表だった。
ショーンでさえ、ボブ・ランデ時
代の初期物はキュー先がピシッと
していたが、RシリーズからSPに
以降した1980年代中期あたり以降
はビヨンビヨン系に方向を振って
しまっていた。
オレンジカウンティの地元新聞の
取材を受けた頃の初期のTADはキ
ュー先が揺れないキューだったが、
時流に乗っていつの間にか1970
年代に入ってからはビヨンビヨン
の仲間入りをしていた。
TADがテーパー含めて先角の態様
を見直すのは、やはり1990年代
に入ってからだった。
プールの世界でその「ビヨンビヨ
ンの流行」が総体として根本的に
見直しされるのは、1990年代の
中期以降からだった。
ビヨンビヨン時代の1974年製の
TAD。象牙の先角長はメインシ
ャフトもスペアシャフトもイン
チを超えている。
ただし、「TAD遣い」と呼ばれる
ような撞き手にとっては、使い
こなせない事はない。
プールキューの歴史には世の歴史
のあらゆる事に裏があるように、
実はメウチにさえも裏の真実があ
る。
1980年代、メウチがサポートして
いた全米プロのメウチ製のキュー
は、シャフトを連結して試しても
一切キュー先はビヨンビヨンしな
い。ピシッとしていた。
厳選材料を使用してテーパーも市
販品と異なる特性のシャフトを使
い、フェルールもインチ以下の物
を装着し、ディフレクションの不
要な振動を排除したスペシャルキ
ューがワークス仕様だった。
これは私が現実的に全米女子プロ
のメウチからスポンサードされて
いたワークスキューを実際に手に
して、一般販売品とのその違いに
驚いたという事実から。不確かな
事ではなく、当時世間には知られ
ていない現実を実際に物理的に知
った事から。
もしかすると、このキューを私は
譲り受けていたかも知れない。全
米チャンピオンだった頃の彼女の
このキューそのものを。
他の人には譲らない、私になら売
る、と本人から買い取ったプロモ
ーターから話を持ち掛けられたの
で。
バットに気に入らない亀裂が発生
していた部分があったので見送っ
たが。ジャパンツアー中にジョイ
ントカラー下に亀裂が発生したの
で、東京来訪時にプロモーターが
記念に買い取り、本人には別な個
体を供給した事実あり。


この頃。

私のオリジナル仕様のキューの
先角は象牙であろうと長さは短
い仕様にしてある。更に、内部
構造は製作者との共同開発で特
殊な構造にしている。象牙先角
シャフトであるのにトビはかな
り少なく、振動はピシャリと短
い時間で中央からキュー尻に抜
けて収束する。
唯一の欠点は、象牙ゆえ、湿度
気温変化に弱い事だ。
使用頻度の過多による破損では
なく、撞かずとも保管している
だけで気温湿度変化により浮き
や割れが生ずる事がある。
象牙がふんだんに使えた時代な
らば不具合発生の際には即交換
できたが、今の時代それは困難
となった。
サウンドはこの上なく良い。
