20年程前の昔。
ある店に顔を出した。
その店の華台のポケットが渋く
セッティングしてあって、とて
も気に入っていたからだ。
だが、その日撞いたら緩い。外
れている筈の玉も全部ポケット
インしてしまう。華台なのに。
店主によると、穴が渋い台は常
連の客が何人も嫌がるので、や
むなく穴を広げたのだそうだ。
「お客さんあっての店なので」
との言だった。
唖然としたが、まあ世の中、古
流武術の道場でもない限り、そ
ういうものなのかも知れない。

華台は店の顔でもある。
そういう苦情を言い続けたらし
い常連はA級を自称する連中だ。
意識性のレベルというものが見
えた気がした。
ぬるぬるのゆるゆるだ。
自分のシュートミスを甘い台が
拾ってくれるのを喜ぶならば、
華台を占領せずに、一般用のゆ
る台が店には必ずあるのだから、
そちらで撞いていればいいのに。
自然と、その店で撞く事が少な
くなり、まったく足が遠のくよ
うになった。

門戸を広げたり撞球台の穴を広
げる事は質の向上には一切繋が
らない。
裾野を広げたら質は下がるのだ。
どんなジャンルであれ。
良質性を求め、さらに己自身も
質の向上を目指す領域に突入せ
んとするならば「狭き門より入
れ」なのだ。

今や世界の常識はこれである。