広島県三原市の国道2号線は現
在はバイパスが国道本線に指定
変更になった。
そのバイパスでは、まるで神奈
川県湘南の西湘バイパスのよう
に海に面した所を通る区間があ
る。
これが三原市街地からのいくつ
かのトンネルを抜けてドンと景
色が広がる場所であって、そこ
の風景か格別に良いのだ。
上掲画像では、下の海岸線の道
が旧国道2号線。
今は上の高架が国道2号。
原付および自動二輪の20才以下
の二人乗り、また二輪免許取得
3年未満の二人乗りは通行でき
ない。
三原市内の市街地からはすぐに
国道バイパス(今はバイパスでは
ないが)には乗れるので便利だ。
即、高速道まで連結している。

その景観の良い場所はここ。
これは昼間の画像だが。
遠くに見えるのは高速しまなみ
海道の因島(いんのしま)大橋だ。
橋の下側を原付自転車専用道が
通っている。



2026年8月9日、払暁にエンジ
ンに火を入れ、走り出す。
夜明けと共に二輪で東に向け
て出立したが、その日の出は
ここの場所で迎えた。
止まって写真撮りたい程の見
事な色彩の景観だった。

イメージはこんな感じ。



瀬戸内の夜明けと日の出、最高
だぜ。
ほんとに「絵にも描けない美し
さ」というやつ。
心に刻んだ。
生きているうちは覚えているだ

ろう。
「文字にしない記憶」「文字で
理解するのではない記憶」とい
うのは、ずっと後年まで鮮明に
人の記憶に刻まれる。
しかも、克明に、かなり正確に。
私の中でのそうした記憶の一つ
に2026年(令和8年)8月9日の日の
出の瀬戸内海の景色が刻まれた。

朝の古語は多くある。
・暁(あかつき)
・曙(あけぼの)
・あした
・東雲(しののめ)
・つとめて
・あさぼらけ
等々。
それぞれ時間帯と景観が異なる。
morning だけで済ませない日本
人の機微が日本語に現われてい
る。
私が観た令和8年8月9日朝のその
瀬戸内の風景の時間帯は、古語
でいうならば「あけぼの」より
もずっと後だが明るく景色が輪
郭を表す「あさぼらけ」の少し
後だ。つまり「日の出」の時。



時間帯による景色の変化を日本人
はこう表現した。

  • 暁(あかつき)
    まだ夜深く、暗い時間(ここから
    白み始める)
  • 東雲(しののめ)
    東の空がわずかに薄明るくなる頃
  • 曙(あけぼの)
    空がだんだん赤く染まっていく頃
  • 朝ぼらけ(あさぼらけ)
    すっかり明るくなり、物の形が
    はっきり見える頃
  • 日の出(ひので)
    太陽が地平線から顔を出す瞬間

このあたりの日本語の表現の違
いは高校の国語古典の授業で誰
もが習った事だろう。
なんと日本語は繊細で美しいも
のであるのか。
だが、ことばに表さない「名辞
以前の存在」として、実存主義
的に認知する、目に焼き付ける
景色が8月9日の朝には眼前に広
がっていた。実存は本質より先
立つ。
最高の朝だった。
Good morning とするには表現
が陳腐過ぎる。
素晴らしい朝の景色だった。
思わず、ヘルメットのシールド
を全開にして空気を吸った。
夏の朝の海の上を走る空気は澄
んでいた。
偶然だろうが、車は前にも後ろ
にもゼロ。
私の二輪だけが走っていた。
ロードの路面はまだ紫色だ。
全体の空気が普段とまるで違う。
良いものを体験させてもらった。

「冬はつとめて」と清少納言の
枕草子にあるように、冬こそが
早朝は一番良い、とはされてき
たが、真夏の夜明けから日の出
にかけてもかなり良い。
そこはかとなくニッポンを感じ
る瞬間だ。