アメリカの国家体制は到底好
きになれないが、アメリカと
いう国の建国の歴史と戦後の
1950年代のアメリカの若者文
化はとても好きだ。
アメリカの歴史はイギリスと

さえも独立戦争をして建国し
た国という点が好きさ。
決して自ら血を流す事を恐れ
ずに自分らで起ち上って国を
作ったというところが。
どこかの国のようにいつもい
つでもお上にへーこらひれ伏
してるのとは違う。
日本の歴史の中で唯一国家権
力に手向かって自分らが政権
を奪取したのは武士だけだっ
たが、アメリカは民衆がそれ
をした。フランスの人民たち
のように。
ただ、その後のアメリカは西
欧列強と同じく奴隷制度と産
業革命以降の労働力搾取の上
に成り立つ国家になったが。
ドイツ生まれの英国にいた学
者マルクスなどは米国西部開
拓時代の人間だ。世界中が様
変わりする頃の時代。

戦後のアメリカの若者文化も
華やかな文化ではあるが、実
は黒人は一切50s青春グラフテ
ィには登場しない。人種差別
国家アメリカでは、高校に進
学できる黒人など、ほぼ99.9
%存在しなかったからだ。黒人
女性の大学進学者も1960年代
に入ってからが史上初だった。
だが、大学で熾烈な差別に遭
い、その人は自殺した。
アメリカが人種差別問題と向
き合ったのは、1960年代から
であったが、現在でも人種差
別は強烈に残っている。これ
は西欧も。白人以外は猿同様
の劣等種族、という概念が今
でも白人社会には根強く残っ
ている。
水泳競技に黒人がいないのは
その延長だ。要するに肌の色
で人を人種差別し、白人が同
じ水に入るのを嫌うからだ。
モータースポーツもそう。
白人競技だったので、黒人の
F1レーサーやロードレース選
手は現代においてもいない。
差別と排外、人種隔離と排斥
の国が現在も続くのがアメリ
カであるのは疑う余地が無い。
アメリカが真の多民族民主国
家となる日は、それは先住民
族の血を持つ人物が大統領に
なる時だ。

そんなアメリカでも悪いとこ
ばかりではない。
フィフティーズはその一つの
「よきアメリカ」の一文化的
な側面でもあるだろう。
これは「あった」ではなく、
現在進行形で不動の不朽性を
もつ。
それは、アメリカン50sへの
憧憬を抱く人たちにのみ理解
できる、特定制限付きだがあ
る種の「平和」への願いに似
て。
そして、1950年代のアメリカ
の若者たちはあらゆる国策的
「風紀」の規制の中で、それ
に抵抗し、黒人音楽を背景に
したリズムの音楽を愛した。
ステージで腰を振っただけで
官憲による逮捕という時代の
中で。
若者文化を花開かせる事が彼

らの「反抗」であり「抵抗」
だった。「理由なき反抗」では
なく「理由ある反抗」だった。

単に上辺だけの音の調べの表
層を追うだけの人間はロック
の魂などは絶対に理解できな
い。
また、ファッションについて
も、単なるビジュアルとして
しか捉えない限り、50sが持っ
ていた抵抗文化の真髄は到底
理解できない。
これはロックの魂を理解する
事にも繋がる。
国家主義的体制にベッタリと
媚を売るロックなどはこの世
に存在しないのだ。
日本にはニセモノが跋扈して
いるが。
ニセの太鼓叩きの犯罪カルト
が首相やってたりするのは典
型だろう。
人々を踏みしだく事を旨とす
る奴がロックだなどとは、笑
わせるな。