雨続きなので朝晩外でトンテン
カン作業ができず。
室内で音を出さない深夜職堂
を開店するしかない。
東京のイトコの50年包丁を直
す作業に入る。



個体を観ていると、私個人の勘
として少し気になる事があるの
で、グラインダーによるバフが
けではなく、手作業で錆を切り、
独特の方法で研磨してみた。



浮かび上がるもの、有之(これ
あり)。やはり、だった。



「特性鍛造」と刻印で謳うだ
けの事はある。
関の鍛造包丁の焼入れ方法が
窺い知れる。50年以上前のこ
の頃のこのメーカーのスウェ
ーデン鋼のこの製品個体はか
なりの高級品であり、日本刀
に準じて1本ごとに手作業で
土置きと土引きを施してから
焼入れをしていたのだろう。
今の製法はどうだか知らない
が、半世紀以上前の製造方法
は洋包丁といえども、この個
体は準日本刀様式だった事は
確実。
研磨していても、マルテンサ
イト変態部分のみ硬い事が指
先の感触でよく感知できた。
これは一般的な包丁研ぎでは
浮かび上がらせられない。通
常の包丁研ぎではただの砥石
目の線となって焼刃は消えて
しまう。あるいはピカピカの
ステンレスのようになってし
まう。



ミソノが国内だけでなく海外で
も大人気で日本の包丁の代表と
してプロの料理人や有名シェフ
たちによく使われてきた訳が判
った。物が抜群に良いのだ。
今は不明だが、半世紀以上前は
ただのどぶ漬けだけではない古
式鍛造刃物のような焼入れ方法
をこのスウェーデン鋼の製品で
は採用していたのだ。
量産なので手早い高速作業だろ
うが、一般的な量産包丁のよう
にまとめてドボンのどぶ漬け焼
入れではなく、1本1本手作業で
日本刀のように焼入れをしてい
たのだろう。形は洋式の牛刀だ
が、製法はこの半世紀以上前の
大昔の個体は純和式だったとい
える。
東京の伯母宅には1976年時点で
5本くらいミソノの同じタイプ
の包丁があったが、私が今世紀
に入り請けた研ぎでは、これが
ハンドル部分内部のタングが一
番傷んでいたので、この個体が
一番古い物だろう。
両親が広島に転居したので、親
元を離れて東京に残った私の高
1時代、伯母が食わせてくれた
メシや女子大生だった従姉のア
ネゴが作ってくれたハムエッグ
定食風食事は、この包丁が使わ
れたのかも知れない。アネゴの
頃もポッキンポット師のモデル
になったポール・リーチ先生は
大学にいたらしいけど。あの小
説は高1の時にはクラスの奴ら
とハマったぜ。健康的に笑えた。
四谷の土手ッぷちの騒動物語。



おいらがこの頃ね~(笑

When I was exactly 16 years old.


あとは目釘穴に適合したボルト
の到着を待つだけ。
ラブレスボルトが丁度サイズが
適合する。手持ちのナイフ用シ
ュナイダーボルト数種では合わ
ない。
過去に私の家の西勘の包丁を修
理した時も、ハンドルはラブレ
スボルトで固定した。