今回は二輪走行技譚ではなく、
ざっくばらんな感想を。

過日、地元の峠を上下1本だけ
流して走った時の事。
ここは速度規制が法定速度の珍
しいスーパー林道。
設計速度は30km/hだが、法規
上は60km/h規制のロード。

山を下る時、珍しく退避エリア
て停止して景色見ながら一服し
ていて、さて行こうかという時、
1台が甲高い排気音を立てて下
りて来て目の前を通り過ぎた。
直後に走り出して後ろに付けて
みた。
何度も上下往復していた人たち
の1台だ。
最大勾配12%の峠。
最大勾配区間では私は超低速で
走行する。40~50km位。
そして、枝分かれ分岐点からは
走りの本格区間になる。
その本格区間での事。

下りで走っていたそのロードモ
デルの後ろに付けてみると、結
構な速度で下っている。
それでも、まだ全速力ではない
ので10メートル程空けて後ろに
付ける。2~3mまで接近して煽
らないようにして。
観ていると、コーナー手前でブ
レーキを一切かけていない。
「え?そうなんだ」と思った。
私の場合は、下りでも立ち上が
りから次のコーナー手前までフ
ル加速して、コーナー手前でブ
レーキをかけて減速させてフロ
ントを沈める。

(私の同峠下りでのタコメーター。
レッド下ダンシング)

観ていると先行者はそういう乗
り方ではなくて、水すましのよ
うに短い直線部分も旋回もほぼ
同速度で曲がって行こうとする。
「よく曲がれるなぁ」とは思っ
たが車体はコーナーはトレース
している。だが、厳密には全く
車が曲がってはいない。
バンク角は極端に深い。
しかも、リーンウイズだ。さら
に車体傾斜は深くなる。
タイヤのグリップ頼りのような
走らせ方。タイヤも潰れていな
い。
「あれで滑らない、かな・・・」
と思いつつ、注意しながら後続
した。
珍しく途中でUターンせず、峠
の一番最後まで下りていた。

私がよく言う「ヌペーッと倒し
ていくやり方」が先行者の走ら
せ方だった。
私はそれはやらない。
速度領域が上がると大抵は転倒
するからだ。
理由はいろいろ解っているが、
それはここでは割愛。
二輪のカラクリと理屈が解って
からは私は1985年秋から一度も
公道では転倒していない。

私の場合、フロントはがっつり
と操作で沈めてサスを利かせて
タイヤは潰して路面を噛む。
旋回中もサスは沈んで仕事をし
ているようにさせて曲がる。
アプローチから旋回開始、定常
円旋回までフロントは上下させ
ない。立ち上がりでスロットル
をあててようやくフロントが浮
いてくるような操作と操縦。
その間、フロントの接地感とリ
アの接地感、同時にトラクショ
ンに全神経を集中させて変化を
感知して、前後サスを沈めたま
まギューンと旋回して行く。
私の二輪の走らせ方はそんな感
じ。



フロントを沈ませてキャスター
を立たせずにヌペーッと倒し込
んで行くと、そのうちたぶん転
ぶと思いますよ。
よく、レーシングライダーたち
がコースだけでなく公道でもコ
ーナーアプローチから旋回開始
の時にクイッとした感じで車体
が急にクイックに倒れるような
動きを見せるでしょ?
あれはある特定の操作をしてマ
シンを意図的に操って操縦して
いるからそういう挙動を見せる
んですよ。面圧をかけている乗
り方で、同時にキャスターを立
てているのよね。
ハンドルを逆ハン切ってるから
とかではない。
コーナー進入ではコースライダ
ーはそういう特徴的な動きを見
せる走りをする。公道ではかな
りのハイペースでも、転ばない
人たちの走り方の特徴はそれ。

あと、峠では登りと下りでは登
りのほうが走り易いでしょ?
なぜだと思います?
それは、二輪では峠の登りはフ
ロントに荷重がかかってトラク
ションが増すから。
登りだからリアに荷重がかかる
とか考えるのは素人。
深い下り旋回でフロントが取ら
れるのはその逆でフロントの荷
重が抜けるからかというと、そ
れもまた間違い。下りでのフロ
ント周りには別なファクターが
加わる。
そのあたりよく知って考察しな
いと走りは組み立てられない。
参考書はキース・コードの高等
理論書の『ア・ツイスト・オブ・
ザ・リスト』が世界一ためにな
るよ。日本語翻訳版もある。

1983年初版。私は辞書のように
ページが擦り切れる程読んだ。
私の走りの構成はキース・コー
ドと柳沢雄造の理論がベースに
なっている。

ハングフォーム自体は1970年代
中期の高1の時から私はやってい
た。
当時はハングオンとかハングオ
フとかの言葉は国内には無く、
「荘乗り」とか業界人は呼んで
いた。国内では私とS特進クラス
メートの奴以外では、どこの峠
でもハングは観た事がなかった。
だが、海外では既に1960年代初
期から腰入れイン膝開きは実行
されていたし、膝を初めて路面
に擦り始めたのは1972年に世界
チャンピオンになったヤーノ・
サーリネンだったが、新人の勢
いを見せるケニー・ロバーツも
腰入れイン膝開きで路面を擦っ
ていた。
ハングフォームはバンク角を稼

ぐだけでなく、別な多くの理論
的かつ物理的に有効な意味があ
る。
その同じレーシングチームのク
ラスメートは、後年国際A級に
なり、マン島を走った。
高校時代にはよく喧嘩もしたけ
ど仲良かった。互いに心の底で
敬意があったから。
高校の時の鈴鹿遠征練習の時、
夜に宿でどつきあい寸前になっ
て先輩(大御所)から「外でやれ。
走らせないぞ」と怒鳴られた(笑
翌朝の鈴鹿のコースは嘘みたい
な大雨だったが、のちカラリと
晴れた。前日は曇りだったが夜
半から午前中は雨。今でいうゲ
リラ的な。
どういう規則だったのか、東コ
ース2kmちょいを一周、路面を
確認しながら初日に徒歩でチー
ムの人とスポーツ走行時間の遥
か前に歩いた。
今ではコース上は歩けないので
はなかろうか。
鈴鹿4時間耐久はもとより、8時
間耐久もまだ存在しなかった。