TADキューが世の中のキューで
一番好きである。
プロの世界と違い、アマチュア
は自由意志で自分の好きなキュ
ーを使える。
多くのプロはスポンサーの紐付
きであるので、使いたくもない
工場製工業製品のカーボン新商
品を使い、金太郎飴で手にほぼ
全員が新商品のグローブを着け
ている。
グローブなどは40年以上前から
あった。良い物なら誰もがその
頃既に使っていた。だが誰も使
いはしなかった。ゴム長靴を履
いて100m走をするのと同様の
実態を誰もが知っていたからだ。
世界チャンピオンも手袋などは
着けない。滑らないシャフトが
あるとしたら、そちらがおかし
いのであって、そのために長靴
を履くなどというのはナンセン
スの極みだ。
今の物が良くなったのではなく、
商品販売の巨大キャンペーンの
影響で、ビリヤード=グローブ
というような「捏造された」商
業主義と概念が跋扈しているだ
けなのが真実の人類史だ。

玉撞きのプロは撞球師ではなく
歩くただの広告塔となってしま
った。
1980年代の世界大ポケットビリ
ヤードブームの時代と現代は大
きく違う。現代はとにかく商業
販売第一主義がどの世界でも人
間を支配して人間を隷属させて
いる。
勝負自体における高額な賞金と
いう興行的商業主義ではなく、
製品から着る物まで全部スポン
サーの新商品でプロ選手は固め
られている。人間が製品の一部
のように。
選手の個人のアイデンティはゼ
ロ。軒並みゼロ。金太郎飴。
そして、観戦していてもつまら
ない玉を撞く。プロなのにエン
ターテーメント性も無く、ただ
どんなことをしてでも勝つ事の
みを優先させている。長嶋や王
やイチローや現代の大谷のよう
なプレーはしない。
大会ドレスコードも、かつての
ようにフォーマル紳士服での試
合ではなく、まるで卓球選手の
ような服を着せられる。

アマチュアは楽なもんだ。
自分が本当に好きなキューを使
い続けて撞球をプレーできる。
自己表現を勝負の中で発揮でき
る。
大会でもドレスコードを守れば
好きな服を着られる。アマ大会
は。プライベートなどはさらに
自由だ。
プロは卓球選手かボウリングの
ようないわゆる「お仕着せ」の
規定服で、キューや用品はスポ
ンサードメーカーの新商品を使
わなければメシが食えない。
自分を捨てて、商業主義に隷属
しないと生きていけない存在に
なっているし、自らそれを選ん
でいる。使っているキューも服
も全員同じ形式だ。
本当はTADが大好きなのに、メ
ーカーとの関係からTADを使え
なくなった現役プロは何人もい
る。
どこまでもTADというのを通し
ているプロは数える程しかいな
い。
アマチュアはそうした桎梏がな
いので、自由にビリヤードを楽
しむ事ができる。

TADへのインスパイアが強すぎ
て自分でTADインスパイアモデ
ルを自作してしまう奴もいるけ
どさ(笑
ストレートのメープルはブラン
クを30年寝かせて時間をかけて
少しずつ削り出した。計器測定
で曲がりゼロ。



今は30年越しの自作キューが
メインのキュー。外見はもろ
にパパTAD(笑



玉入るぜぇ~。ファーストエディ
のようにスパンスパンと手早く。