
ドラマも毎週楽しみに観ていた
が、映画もよい。明治文化より
も昭和演歌風味全開だが。
56年ぶりに観たよ。
小学生の時、別段、剣道場通い
が嫌だった訳ではないが、この
竹脇無我の姿三四郎に憧れて横
浜の柔道の道場に通ってたんだ
よな(笑
「天眞館」という戦前からの建
物の古い道場に。
ドラマ版の竹脇無我の「姿三四
郎」(1970)では、竹脇三四郎の
「腕力はやめたまえ」という台
詞がカッチョよかった。対立流
派の襲撃者が襲って来る時に言
ういつもの台詞。

小学校4年の時の体育の授業で、
相撲の授業があった。
対戦したO君というクラスの男
子を私は相撲ではなく、スッと
身を落として一本背負いで投げ
てしまった。背負い投げではな
く一本背負い。
教師の九州出身のI先生は、「勝
負あり」ではなく「一本!」と
言った。
それを、2学年上の近所に住む
同じ道場の仲良しの男が教室の
3階の窓から観ていた。父親は
米軍基地勤務の人で、私にいつ
も日本には無かったドデカコー
ラ缶をくれる人だった。今でこ
そコーラは350㎖缶が普通にあ
るが、当時は細缶しか国内では
販売されていなかった。
その2学年上の同じ住宅街の近
所の友人は氏名は今でも覚えて
いるが、あだ名をみっちゃんと
いった。
翌日、道場でみっちゃんに注意
された。
「相撲は相撲だ。相撲を取れ。
柔道を使うな。柔道は勝ち負け
を争う戦いではない」と。台詞
はほぼママ。
心を諭された姿三四郎の気持ち
になった。
1970年の事だ。
翌年全校学芸会で上演される反
戦戯曲を私が書いた年だった。
私は子どもの頃、幕府講武所頭
取にして剣道の祖である剣聖男
谷精一郎信友氏よりも、明治の
柔道創始者の嘉納治五郎氏を崇
めていた。