
ウィリアム・ボニー=ビリー・
ザ・キッドを撃った保安官
パット・ギャレットの物語。
邦題ではビリーが主役のよう
だが、本作品はパット・ギャ
レットが主人公だ。
サム・ペキンパー監督作品。
ビリー役はカントリーミュー
ジックのシンガーソングライ
ターのクリス・クリストファ
ーソンが演じており、作品音
楽を担当したボブ・ディラン
も出演している。

本作品を観て思う。
ジェームズ・コバーンはどの
役を演じてもジェームズ・コ
バーンなのだ、と。まるで高
倉健さんのように。
似た立ち位置の俳優にショー
ン・コネリーがいる。第二次
大戦の英軍将官を演じようと、
インディ・ジョーンズの父を
演じようと、ショーン・コネ
リーはショーン・コネリーだ、
というように。
本作品、クリストファーソン
のビリーが身長180cm超えで
背が高過ぎる。実際のビリー
は身長160センチ程で背が低く、
ゆえに「キッド」と呼ばれた。
本作では身長の低いのがよく
判るボブ・ディラン本人をビ
リー役に抜擢したほうが適任
だったのでなかろうか。
この頃のボブ・ディランは中
原中也に顔がよく似ているが。
本作はイギリスのアカデミー
賞ノミネート作品だ。
あくまでもビリーを追って撃
った友人のパット・ギャレット
が主人公の作品。
ギャレットは1908年に背後か
ら撃たれて死ぬ。
現実世界では、ビリーはただ
の無法者ではなく、自分の雇
い主の英国紳士の牧場主を悪
徳富豪に殺されたりした反逆
で報復戦の殺人を繰り返した。
開拓時代にはまるで鼠小僧の
ように一定程度市民に人気が
あったのは事実で、これは当
時のタブロイド紙がビリーを
虚飾で書き上げてスターダム
にのし上げた事も影響しただ
ろう。左利き伝説などもその
一つで、写真を観れば、所持
しているウィンチェスターの
排莢ポートやガンベルトのバ
ックルの向き等々から裏焼き
の写真である事は明白であり、
ビリーは右利きだ。
だが、多くの伝説がビリーに
は作られた。
ビリー・ザ・キッドを克明に
リアルに描いた名作としては
『ヤングガン』(1988)、『ヤン
グガン 2』(1990)がある。
ビリーを演じたエミリオ・エ
ステベスがはまり役で、本物
のビリーにしか見えなかった。
2作ともに、ビリー・ザ・キッ
ド物では傑作だ。


実際にビリーが使ったコルト
は作動が不確実で不人気だっ
たダブルアクションが有名だ
が、壮絶な殺し合いのリンカ
ーン戦争の頃は1878年なので
その機種は出ていない。
当然、コルトSAAやカートリ
ッヂコンバージョンを現実で
は使用した事だろう。
ドク・ホリディなどもカート
コンバージョン仕様のコルト
を愛用していた。
『ヤングガン』『ヤングガン 2』
では、1950年代までビリーが
生きているという設定で、面白
い演出だった。腰には西部開拓
時代からのままのコルトを差し
ている90才前後の老人だった。
『ビリー・ザ・キッド21才の
生涯』(1973)は、ジェームズ・
コバーンの演技を観る映画作品
だ。
ただ、やたらとBGMにディラン
の曲を入れて来るのがしつこい。
荒野を馬で行く時には蹄の音と
風と砂ぼこりの風景の親和性だ
けでよい。BGMで映像が台無し
になる作品というのは往々にし
てある。日本の近年の時代劇映
画がそうであるし、大昔のハリ
ウッドウエスタンがそうだった。
まるで劇場劇のような演出。
クロサワ作品も音楽を多く使う
が、それをどの場面でも入れて
来るという駄策は採らない。
映像作品における音楽の使い方
は、ともすれば監督の独りよが
りになりかねない部分があるの
で、映像作品作りはとても難し
い。本作を観ていてそれを改め
て感じた。
それと、ビリーが死んだのは7
月のニューメキシコのフォート
サムナーだが、最低気温は18℃
の季節だ。夜間に冷え込む事は
あるとはいえ、その時期にパッ
トギャレットはじめ多くの者が
コートを着込んでさらに厚着を
している。
撮影されたのは冬のどこかだろ
う。最高気温が33℃が平均の土
地において、ロングコートを日
中も着ているのは非常に変だ。
冗長過ぎる本作は、要らぬBGM
のくどさと共に、非常にかった
るい作品となっている。
と、本作を観て溜まりつのるカ
タルシスを語るシスなのダース。

そういう点から、クリント・イ
ーストウッドが製作した『許さ
れざる者』(1992)は完璧に近い
程の映画作品となっており、オ
スカーはじめ各賞を総なめした
のも頷ける。あれこそ名作。
クリントが演じた老齢の元アウ
トローの主人公の名前は、奇し
くもウィリアム・マニーであり、
ウィリアム・ボニー=ビリー・
ザ・キッドに似せている。寄せ
どころかウィリアムは略称ビリ
ーだ。
そうした仕掛けは原作の演出だ
ろう。時代設定は丁度ビリー・
ザ・キッドやOK牧場の決闘と
同時代の西部開拓時代末期にあ
たる1881年。
主人公マニーは撃っても中らな
い旧式ダブルアクションの拳銃
は劇中ではほぼ使用しない。出
発前の試し撃ち程度だ。試し撃
ちで中らないので切れてショッ
トガンで的をぶっ飛ばす。
ここは一つの重要な演出で、シ
ョットガンの12番ゲージの大粒
弾を対人に使うというのは殺人
目的である、という事実の描写。
更にスラグ弾などは熊でも殺せ
る砲のような効果を生む。銃身
内にスラグ用ライフリングを切
った特殊銃身まである。完全に
生きものを殺傷するための道具
だ。
西部開拓時代、ショットガンは
殺戮武器なので、それを対人に
使うのは駅馬車護衛や保安官以
外では外道とされていた。

ウィリアム・マニーは封印して
いたた元アウトローの本性を蘇
らせて、町の人間たちを皆殺し
にするぞと脅した。
だが、それには「人を粗末に扱
ったら戻ってきてお前らの家族
まで皆殺しにしてやる」という
言葉が付け加えられた。
原題のアンフォーギブンという
「許されざる」というのは、マ
ニー本人の行動と発想の事であ
り、また、それの発端となった
町の人間たちの私的正義観念に
よって人殺しをして平和を保と
うとするその行為が「許されざ
る」事であるという真理を表現
したものだ。
両者とも同じ神を信仰する者た
ちだ。だが、いずれも許されは
しない。慈しみ深き神の御心が
及ぶ事を両者は知らない。
だからこそ、それこそが「許さ
れざる」のであるのだ。
『許されざる者』での使えない
ダブルアクションという設定は、
機種は違えどこれは、ある種、
実在のビリーが使用した銃への
実話方面からのオマージュめい
た演出でもあった。
また、物語の中には「キッド」
を名乗る高価な新型銃を自慢げ
に腰にする若者ガンマンも登場
する。これもある種、事実への
皮肉めいた演出だろう。
