こげんふとか樺瘤は日本には
なかとよ。

本物の北欧ククサで市場で売
られている物が安い物でも1
万円程し、高い物だと数万円
位する理由が分かる。
手作り品で高額である以前に
材料がたとえ北欧でもふんだ
んにある訳ではないので、自
然と最終販価も高くなるのだ
ろう。
買えば1カップで万超えの食
器。
金額だけ見ればボーンインチ
ャイナの宮廷食器並だが、そ
こに何の価値を見出すかによ
って高級磁器を使うか、こう
した手作りの北欧ククサを使
うかで明確に分かれるように
も思える。
ククサに関しては、購入した
ならば金額は高くとも、そこ
にはグランピング嗜好とは真
逆の心的質性、希求性、指向
性が確実に存している。
本来、本当のククサは自分で
買う嗜好品や奢侈品ではなく、
人から贈られた物を大切に長
く使うという存在であるのだ
が。
それが北欧の文化としてある。
人と人を繋ぐものとして。
まさに、そうした「人」が中
心幹にある伝統事象は、文化
そのものだといえるだろう。
決して、金では買えないもの、
目に見えない大切なことを人
が人に伝え残している。
文化の文化たる本来の姿がク
クサにはある。
「ポイ捨て」はたとえどの国
にもあろうとも、そうした人
間たちの負の社会現象を我々
人類は「文化」とは呼ばない。