ナイフに60年以上親しんで来て、
ここ40年程で見えるものがある。
それは、販売を射程に入れたナ
イフの製作は需要に基づくとは
いえ、ある程度戦略的な「売り」
の作戦によって展開されるとい
う構図がある事。
つまり、実用的なナイフの純粋
な性能如何ではなく、セールス
戦略と戦術によってナイフには
「流行」が意図的に作られる、
という事実がある事だ。
まるでファッション界の構造の
ように。(ファッション界は流行
が自然発生的なものではなく、
仕掛け人によって毎年「ことし
はこれを流行らせる」という具
合に作られる)
ナイフ業界は、そうした流れは
特に1980年代から顕著になった。
ビリヤード業界は2000年あたり
からそれが開始された。
それらの世界的背景は説明でき
るがここでは割愛する。

1980年代前半からは「使えない」
ナイフであるランボーナイフの
ような「空想物」が大流行した。
大型アメリカン空想活劇ナイフ
だ。
実質的にはあの形状と構造のナ
イフはアメリカの歴史で常用さ
れたボウイナイフとは比較にな
らない程に使えない。
だが、超絶大爆発ブームとなっ
た。無用の長物を多くの人間が
買い漁るように買い求めた。
そして、同時期にラブレスが始
めだしたホローグラインドが大
流行して、「ホローにあらずば
ナイフにあらず」のようなブー
ムが到来した。お先棒を担いだ
のは日本人だった。
ハマグリ刃のコンベックスグラ
インドやチゼルやセーバーグラ
インドは「時代遅れ」のように
一蹴されるという、実に軽薄な
状況が世界規模で広がった。
当時、世界中のナイフの製造元
はビクトリノックス等の特定老
舗メーカーを除いて日本で製造
していたので、日本の流れ=世
界の流れになった。

その後、今世紀に入り、タクテ
ィカルナイフというこれまた新
規の空想ナイフが「元軍人」と
いう虚飾経歴の人間によって広
められ、宣伝マネージメントが
功を奏して爆発大流行した。
それまで長く本当に軍用に供さ
れていた軍用ナイフなどは外様
に置かれるが如くして。

その後、ブッシュクラフトとい
う北欧で歴史のある森林野外活
動が米国で紹介されてしばらく
経ってから米国で人気を博すと、
それまでのサバイバル術とのミ
ックスにより大流行した。
そこで、例によって「軍に採用
された最強」を謳うナイフ神話
が狙い澄ましたように一部によ
って作られ、大人気となる。
アウトドアナイフの王であるか
のような顔をして。

一連のそうした1980年代以降の
流れには共通項がある。
歴史に培われた伝統的なナイフ
には使われて来た歴史的意味、
ナイフそのものの優性が存する
のに、それを無視して「これか
らはこれぜよ」的な奇抜な新規
性こそが既存道具を凌駕するか
のような「神話」をまず創り上
げて、そこに購買意欲をそそら
せる情報をPRして大量販売する
という構造を取るのが共通の特
徴となっている。
実に中味無しの商人根性のくだ
らない戦略なのだが、多くのぼ
ーっとしてる人間はそれに乗せ
られ、洗脳され、どんどん購入
する。

そうした世界商戦での最近の流
行りは、フィンランドを中心と
する北欧圏の伝統ナイフである
puukko に目をつけて持ち上げ
て、インスパイアモデルのよう
な物を各国のナイフ関係業者が
作り初めている事だ。
本当に北欧文化に敬意を持ち、
北欧の人々が培ってきた森との
共生と教育的配慮にインスパイ
アがあるのだろうか。
日本刀ブームが10年程前に発生
した時、外国人はもとより日本
人でさえも真に日本刀と日本刀
が歩んだ文化と歴史に興味を持
つ者などは増えやしなかった。
それと同じ事が今北欧ナイフに
ついて開始されている事が見て
取れるのだ。
日本国内の数年前のくだらない
表層追いの「キャンプブーム」
と同じく、目先の事だけで「儲
かる」「おいしい」とする事が
主軸で今の北欧ナイフや物品の
持ち上げが行われているのでは
ないのか。
かつては北欧などには見向きも
せず、アメリカンナイフにべっ
たりでプーコなどは一蹴して
いたのが日本の刃物業界とユー
ザーであったし、アメリカの業
界だったからだ。

流行に乗っただけのブーマーら
がやることはこれだ。








これはアウトドア物品ユーザー
の行為だけにとどまらず、物品
を販売している業者も同じよう
な道筋にあるものだといえる。
その流行に乗る、あるいは流行
を作る事で利益を上げようとし
ているだけの世界中の業者の流
れが。
それは「マナー」や「モラル」
の範疇を超える無軌道を以て売
らんがなの事に邁進する弊害と
して、現実的に事象が発生して
いる。
そうした歴史がある。
バークリバーの一件などは大き
な構造体の流れの中の氷山の一
角だろう。
すべては「売らんがな」がもた
らした結果だ。

そして、繰り返すが、今は北欧
ナイフが狙い撃ちにされようと
している。
多くの世界規模の業者の目論見
の中で、本来あった純粋な北欧
ナイフの文化的存在と北欧人の
森林共生文化は、どんどん軽ん
じられて行く。
ただ物や表層だけを模倣してな
ぞって、その文化から何か大切
なものを学ぶという事を蔑ろに
する「敬意無き姿勢」を保持す
る事により、そうした流れは増
殖していく。