深作ジュニアは絶対反戦主義者
なのだなぁと感じる。
反戦闘争をする実は蜂起戦争派
(日帝の帝国主義侵略戦争を内乱、
武装蜂起のプロレタリア日本革
命へ、のブント系)とは視点がか
なり違うなとも感じる。
なんだか代々木日共ぽい。「私
の時代」の感覚からすると。

ちなみに「武装蜂起」を放棄し
た新左翼党派は一派たりとも存
在しない。
「過激派」というのはフレーム
アップのためにマスコミが作り
あげた造語で、「極左暴力集団」
は警察が作った造語だ。新左翼
は自身を「新左翼」と呼ぶ。
「内乱内戦から武装蜂起の日本
革命へ」という路線は全新左翼
が維持していた。
「武装蜂起」という事は内戦を
する、という事だ。自ら血を流
す、という事。つまり、戦争を
する、という事。国家権力との
戦争を。殺し合いをしてまでも
反権力から対権力へ進化し、二
重権力の樹立とゼネスト、全人
民武装蜂起による国権の奪取=
日本革命を目指していた。
新左翼は戊辰戦争のような内戦
を常に近未来に想定していた。
新左翼の言う「反戦」とは、海
外の諸外国への日本の侵略戦争
およびそれへの加担に対する反
戦であり、自国革命戦争につい
ては「戦争」推進派であるとい
える。軍隊の存在も否定しない。
武装蜂起には革命の為の軍隊建
設の軍事化も伴う訳だし。
戊辰戦争がわかりやすい。
新左翼がやろうとしていた(いる)
のはあれ。時代と政治背景は幕
末明治の内戦とは異なるが、中
身はあれ。
多くの新左翼が志士、壮士気取
りの気風があるのはそのせい。
ジュニアが言う「腕っぷしが」
云々のくだりは、新左翼の武闘
路線の現実に昏いからだろう。
事が開始されたら血も涙も無い
事を戦闘現場でやるのが新左翼
だ。
70年安保・沖縄敗北、連赤の
失敗の「教訓後」には特殊訓
練と軍の組織化と建設、完全
化が組織的および個別におい
ても開始されていた。
自分自身がテロリストになるの
だ、テロリスト群像の一人だ、
という覚悟無くして新左翼など
はやってられない時代に1972年
を起点に突入していたのが現実
だった。
新左翼は1979年時点でも警察白
書等々によると革命的共産主義
者同盟中核派の勢力だけでも2
万人を超えていて、新左翼各派
の勢力末端まで全てを合わせる
と学戦と労戦、他含めて10万人
は優に超えていた。
1950年代に新左翼が誕生してか
ら現代までで「新左翼運動」に
関与した日本人の数は単純計算
だけでも何十万人どころか何百
万人にもなるだろう。1960年代
末期には全国の大学200数十校
の大学+少数高校で新左翼と密
接な関係にあった学園闘争状態
にあった。首都圏は準内戦状態
だった。
















新左翼党派間での殺戮戦は消耗
以外何ものでもなかったが。(内
ゲバ殺人の死者は100名を優に
超えている。実行者は一人とし
て検挙されていない。隠密の
「戦争的一環」の組織行動だか
らだ)


こういう青空ゲバはあくまで
「表」の部隊。裏には裏がいる。



本日、3.26三里塚空港管制塔
占拠の日。