



ヤマハのミニトレで12才時から
オフコースでバイクの運転の練
習はしていたが、平たん地で前
後輪ドリフトの感覚を覚えたの
はこのスズキバーディー50だっ
た。
中学生の時に数学教師が校庭で
内緒で乗らせてくれた。
大らかな時代だったもんだ。
中学卒業後に卒業生と一緒に母
校の夏休み宿直の陣中お見舞い
したら、冷蔵庫から茶色い瓶入
りの「麦茶」を振舞ってくれた
し(笑
大らかというか出鱈目な時代(笑
センセがなぜスーパーカブでな
く2ストバーディーにしたのか
理由は不明だった。
だが、出たばかりの機種で、中
坊の連中には実はカブより注目
度は高かった。
ヤマハとスズキの2スト50は明
らかに女性もターゲットにした
CM戦略を取り始めていたし、
その2年後のホンダが巻き返し
を狙ってのラッタタを登場させ
たのは驚愕だった。
ヤマハも黙ってはいずに、10年
ぶりにステップスルーのスクー
ター「パッソル」を登場させて
ヤマハvsホンダ戦争に火が点い
た。
世界グランプリではホンダ撤退
後はヤマハが世界の王者に君臨
し、スズキがそこに戦いを挑み、
かつてのスズキ優勢を取り戻し
たのがバリーシーンの世界GP
連覇だった。
その1970年代中期後半の時代の
ほんの数年前、スズキの実用車
バーディー50は2ストエンジンで
登場した。
ホンダのスーパーカブの圧倒的
市場に挑んだのはスズキとヤマ
ハだった。共に2ストを対抗馬と
して充てて。
バーディー50、ギアチェンジの
ショックがガッチャンコだった
が、よく走るいいバイクだった。
新車だからセンセは「おーい。
転ぶなよ~」とか言って走るの
を観ていた。
まあ、なんてのか、いい時代。
「飛び出せ青春」のちょい後の
時代ね。ゆうひが丘のソーリの
数年前あたり。