デスクの抽斗に無造作に入って
いる「のようなもの」。

本家カネコマ肥後守の模倣、い
わゆる戦前戦後に大普及した文
具のナイフだ。これは「肥後千
代田丸」という商標らしい。



戦後高度経済成長期には全国
至る所で売られていたナイフ。
全国の刃物生産場所で同形状
のこうしたスリップジョイン
トナイフが作られていた。
子どもたちは本家肥後守では
なくとも「ヒゴノカミ」と呼
んで愛用していた。
私もそう。戦後昭和少年たち
はヒゴノカミ必携だった。
無論、「武器」などとしては
使わない。便利な、否、便利
過ぎる少年たちの道具だった。
これで刃物を使っての工作や
いろいろな作業に慣れて行っ
た。
社共革新勢力と体制が一体と
なった刃物狩りが強硬に推し
進められたのは、社会党の浅
沼稲次郎委員長が右翼少年に
演説中に刺殺されて以降だ。
私の子ども時分はもろにその
時期にあたるが、私の小学生
時代にはごくフツーに神奈川
県の小学生男子はほぼ全員に
近いだろう生徒たちが肥後守
を使っていた。
刀狩りのような刃物狩りは進
行していたが、むしろ利便性
の高い鉛筆削り器が教室に設
置され、極めて鋭利なカッタ
ーナイフの普及が一気に肥後
守の立場を追いやった印象が
ある。刃物狩りによるもので
はなく。カッター自体は女の
子の筆箱にもごく普通に入っ
ていたのだから。
逆にいうと、社共&体制派の
合体策動は、あまり効力は発
揮していなかったのかもしれ
ない。
だが、1970年代初頭を過ぎた
あたりから、やたらめったら
PTAや刃物消滅運動派が子ど
もたちから刃物を取り上げる
ようになった。
学校教育においても、教員た
ちは何か問題が起きたら自分
たちの責任が問われる事だけ
を避けたがるようになり、正
しく刃物を安全に生徒たちに
教える事を放棄した。
つまり、教育を放棄した。
その後、いじめという現象が
教育現場に発生し始めた。
それの前段として教育現場で
校内暴力が台頭したが。
すべては先ちゃんたちのせい。
教育や指導を放棄して、落ち
こぼれとして一部の生徒たち
を排外排斥する事を教員の側
がやり始めたからガッコウが
荒れ始めた。
今では、公立小の小学生たち
は、教師が教壇に立ってから
生徒が着席するまで15分位要
するという。全員好き勝手な
事を園児のようにやっている。
それが今世紀初頭から続いて
いる。もはや動物園。
今、30代中半から40代中半の
年齢層の人間たちの小学校時
代はそれだ。
そうした層が年齢だけオトナ
になり、大きく社会排外主義
の行動を今でもとり続けてい
る。
いじめ大好き、自己中人間に
誰がした?
それは教育者とPTAとモンス
ターペアレンツたちがそのよ
うな環境で子どもたちが棲息
するようにした。
その結果が今出ている。

この個体はすんげぇ昔からあ
る個体。今でも健在(笑
錆びだらけだったのを軽く研
いだけど。今でもよく切れま
す。