
(ヌエ)
久しぶりに電話で話す友人と野宿旅行の
話をしていたが、かなりの不思議体験を
しているという。
「ヌエが出ましたよ、ヌエ」と言う。
それさあ、単なるでかい猫か日本猿か変
なおじさんを寝ぼけて見間違えたんじゃ
ないの?とも思うが、まあ、不可解な事
というのは得てして実際にあったりする。
私の場合も、渓流釣行で深山に入ると、
いろいろな体験をしたし、また、多くの
毛鉤仲間も不可解な体験をしている。
人気のない山中に張ったテントの周りを
夜中に人の足音がして歩き回ったり、淵
を覗いていたら後ろには誰もいないのに、
ドンと背中押されたり、岩場で休んでいる
と低い声で「おい」と後ろから呼ばれた
り。振り返ると誰もいない。
で、また前を見ると、またも後ろから
「おい」と声を掛けられる。
そういうことって結構ある。
それと、なんだろ、あれ。凝視すると
いないのだけど、なんだか、真っ黒くろ
すけのような薄黒い根なし草のような物
が後ろからカラカラと回りながらついて
くる。山の中の小径を歩いていると。
完全確認しようと立ち止まって凝視すると
そこには何もない。
そういうことって、ある。
脳がおかしくなった?とか思うのだが、
どうにも科学的に説明のつかないことは
時々体験する。
「と学会」でも説明つかないような。
まあ、謎の正体未確認の飛行物体は確実
に現実に飛んでいるのだろうけど。実際
私もカメラにも何度か収めてるし。
ただ、そうした物理的な正体不明の実在
物体とは違って、意味不明で非現実的な
妖怪もどきの事物の出現や、幽霊のような
ものの出来、物の怪の類の到来は何度か
私自身も経験している。
それらのうち、私は人間が変異したで
あろう(推定)幽霊の類には全く恐怖心は
ない。
現世の生きた人間にまとわりつく不届き
な未練な奴め、斬り伏せてくれよう、
みたいないわば土方歳三がよく言ってた
ようなところが自分の中にあるので、
幽霊は私は何ともない。
驚きはするが恐怖はない。
妖怪、物の怪についてもそうだ。
(現実にその場にいた者による伝承として
は、土方自身が山南敬介の切腹の際に場
に出たら、山南から「来たな九尾の狐!」
と妖怪扱いされたらしい)
私がお化けの類に恐怖心を抱かないのは
もしかすると、オバQの刷り込みがあった
からかも知れない。お化けはあれだよ、
と。妖怪にしても、ゲゲゲの妖怪は友だち
だよ、みたいな。
しかし、怪奇現象てのは、いかんともし
難いのでダメっすね。
ポルターガイストみたいなやつ。
それと、勝手に人気の無い場所でこちらに
呼びかける奴とかね。
背中ドンも、おのれ卑怯者!とか思って
もいきなしドンではこちらも困惑する。
友人の話を聴いていて、山中釣行だけで
なく野宿走り旅などでも、似た類の経験
とかしてるのだねえと思う。
一度サバゲで、前日から現地のど真っ暗な
場所にテントを二つ張って野宿していた
メンバーがいた。
翌朝彼らと合流すると、洒落にならない
と顔面蒼白だ。
何があったか訊くと、夜中、誰もいない
筈なのに、テントをトントンされたのだ
ってさ。何度も。
周囲の状況からして、人がテントに寄って
来たら足音がする場所だ。
しかし、いきなりトントン、とのことだ。
隣のテントの奴のいたずらでもない。
かなり、どっしぇーとなったらしい。
まあ、そういうのってあるよね。
焼き場のそばの峠を夜中に車で走ってい
たらドアとか天井とかをドンドンと叩かれ
たりとか(社員と同乗で2度経験あり)。
野宿をすると、いろんな物がやって来る。
あれ、珍しがってるのかもね。

日本の説話にも妖怪の種類は多くあるが、
霊鳥や霊獣も、あれらも下手転んだら
妖怪物の怪の類だからね。
鳳凰とか龍とか麒麟とかも。転んでない
から聖霊のように扱われているけど。
日本の民話でいうなら、妖怪退治は巷間
民話の定番だが、妖怪を退治する武士の
ほうが野蛮で凄惨な手口を使う存在なん
だけどさ。妖怪かわいそう、みたいな。
妖怪より幽霊よりも危険で恐ろしい存在は
やはり人間のように思える。
生きながらにして餓鬼のような醜悪な心根
を持つのなんて、人間しかいないのでは
なかろうか。
犬や猫には人間のような卑しくさもしい
心根の汚れた面てのは無いように思える
よ。
怒りや喜びや恐怖感は犬猫も持っている
だろう。それは人間にもあるし、ごく自然
な感情だ。
しかし、どす黒い奸計や薄汚い裏切りなん
てのは、やるのは人間だけなんじゃない?
お前、よくそんな裏切りをしていけしゃあ
しゃあとしていられるな。生きてる価値
ないんじゃない?みたいなのとかね。
しかし、ユダの最大の犯罪は、師を裏切っ
た衝撃的事実そのものではなく、その罪を
赦すことへの決定的拒否となる自殺をした
ことにこそある。
死んではならない。生きなければならな
い。いけしゃあしゃあとであれ、生きて
自ら己に課した十字架を背負って一生苦し
まなければならない。
死ぬのは簡単だ。ユダは簡単な事を選んで
全てを放棄した。死は贖罪にはならない。
やはり、食ったらダメだよという実を唆さ
れて食ってしまった一番最初に人は間違い
を起こしたんだと思うよ。
和風に見るならば、妖怪退治の人間が
何故か群がる餓鬼のように見える図。
