昨晩、「明後日の大切な予定のために、明日までにできることをできる限りやらなくちゃ」と考えすぎて、眠れなくなっちゃった。

今朝もとっても眠くて、朝いったん起きたけどその後朝ごはんも食べずに二度寝。

昼前に起きて、

本当だったら今日も出かけて、買い出しに行くつもりだったけど、

すでに二度寝でスタートが遅れ、昨日眠れなかった時点でまあ諦めていたけど、それでもちょっとガッカリしてしまう。

ちょっとでも気分が落ちると、もともと出不精なもので、外出をためらってしまい・・・。

一応着替えてばっちり身支度までしたけど、家事にあれよあれよと手をつけている間に午後になってしまった。

こういうときはキッパリ諦めて、部屋着に着替えて、もうぐうたら過ごす日にしてしまうのだけど、

今日は如何せん明日から予想される忙しい日々の前の、最後の休日ということで、ぐうたら過ごすのはもったいないんじゃないかと、なかなか踏ん切りがつかない。

昨日眠れないなりに、「明日やるつもりのことを、どうせ眠れないならば、眠くなるまで少し手をつけよう」と、久しぶりにブログを書いていた。そのかいあって、本当は今日ブログを書くつもりだったけど、昨晩すでに書いてあるという安心感はあった。

ただどうしても迷って決められず最終的に「やっぱりやめておくか」と後ろ向きになってしまう外出。せっかく準備したのに・・・。そんな気持ちを紛らわせるために、昨日ブログを書くこと以外に今日やろうと思っていたことを、ひとつずつやっていくことにした。

昨日のやることリストには無かった家事も終わらせて、楽器の練習や筋トレ、忙しくなる朝食用のおにぎりも作って冷凍して、あとは本当に外出するか否かという問題だけになってきた。

ちょうどそれについて悩んでいたのが一番気温の高い時間帯で、暑いだろうなあというのも外出を後ろ向きにさせた大きな要因だと思う。昨日ブログを書いたし、今日の日記も書いたけれど、まだ日記を書きたい気持ちがあって、どうせ余白に書き足してページが埋まってしまうなら、今日もブログを書けばいいんだと思って、今こうしてまたつらつら、書いているところ。そうしたらだんだん日が傾いてきて、これを書き終わったらもしかしたら外出するかもしれない。

だけど、平日休みの日に朝から外出する良さってやっぱりお店が空いていることにあって、今から行くと、仕事帰りに寄り道する人たちで、割とせわしない混雑になってくるんだよなあ。それを言い出したら本当に外出しなくなってしまうので、そこは自分の「外出できた」という成果だけを重視したいと思う。

まあ、今日この後、結局外出しなかったとしても、今日はひらすらぐうたら過ごすのではなく、やるべきことをそれなりにこなせたので、それはすごく良かった。

特に良かったのが昼食!

普段だったらこういうパッとしない休日、退屈からくる空腹感(やることできないのに退屈は感じるしその空虚な気持ちが空腹感になっていると思っている)から、家にあるものかたっぱしから食べて、気持ちは満たされず、空腹はおさまったりおさまらなかったりし、罪悪感で嫌な気持ちになることがとっても多かった。それを今日はしたくなくて、今日は元気もあったし、ちょっと時間をかけて、食べたい・おいしそうと気分が上がるものを作ろうと思い立った。

今読んでる『BUTTER』という小説にも影響されているのかもしれない。

それでまずは、以前ウー・ウェンの書籍で見てずっとあこがれていた「人参の春巻き」を作ることにした。実は先日同じ本に載っているアスパラガスの春巻きを作って感激したところで、春巻きの皮があと半分残っていた。人参の千切りも昨日のサラダの残りがあり、包んで揚げるだけだった。揚げ物は油を準備するのもちょっとめんどくさいがなによりそれ以上に、調理前から調理後の油の処理を思いやって嫌になるくらい、揚げ油の処理が一番面倒くさいと思う。今日は下準備が「包むだけ」というところまで終わっていたし、一人分だけだから少量で済むということで、ハードルが低かったのかもしれない。人参の春巻きを巻いて熱した油に放り込み、残り物の千切り人参もなくなったので、バナナスライスを包んだ春巻きと、魚肉ソーセージを包んだ春巻きも作った。食べてみて感動!人参の春巻きは、塩コショウのほかに花椒もいれたのが良かった。人参の甘味と花椒のさわやかな香りが、普段一人でむさぼり食べてしまうインスタントやそのままかじるちくわなんかと比べ物にならない、おいしい食事になった。バナナスライスも魚肉ソーセージも想像通りの味だけど、思った以上に「おいしい!」と思えるものになった。思えば確かにホットケーキミックスやてんぷら衣をまとわせてあげるよりずっと簡単。乾燥した粉とちがって賞味期限が早いのだけが、春巻きの皮のデメリットか…。揚げ油を準備する面倒くささから、Youtubeで春巻きの皮にチーズやトマトソースを載せて、トースターで焼くレシピも眺めながら、人参の春巻きを上げて、それでも余った春巻きの皮があったらそんな風にして簡単にパリパリ食べようと思っていたが、揚げ油を熱したら結局全部なにかしら包んで揚げることができた。まあ、準備も片付けも、結局そこは変わらないからねえ・・・。さらに、昨日の焼き魚用の大根おろしも残りがあったので、揚げ餅を一つだけ(一つしかなかった・・・!)揚げて、大根おろしに沈めて、めんつゆをかけたのも食べた。揚げ餅に大根おろしとめんつゆをかけるのは、母がときどきおやつに作ってくれていた大好きな味。おやつや朝食によくお餅を食べる家だったが、たいてい砂糖醤油だったので、母も揚げ物はやっぱり面倒くさかったんだろう。メークインも一個だけ残っていたから、そのままポテトも揚げた。さすがに油で胸焼けぎみだけど、しかも結局家の中の残り物を食べつくすといういつもの過ちと状況は一緒かもしれないけど、なんでしょうこの達成感。罪悪感も全然ない。空虚な気持ちを満たすためだけにインスタントや既製品などのあるものをとにかく口に入れるのではなく、調理しておいしく食べたという経験が満足させたのかも。まあこれも元気がないとできないんだけど。「何食べよう…」となったとき、アイデアが思いつかなかったり、面倒くさかったりで、なかなか今日のようにいつもいつもとはいかないものだけど、できるだけ身体にいいものをおいしく食べる機会を増やしたい。

ということで日記に追加で書こうと思ったことは、春巻きの皮で人参&花椒、バナナ、魚肉ソーセージを包んで揚げたのがすごくおいしくて、迷い悩みの休日だったけど、いい日になったという話。書き終えましたが、外出…どうしようかなあ。

でも今日も体力が有り余って、二度寝もしているし、夜眠れなかったら、明日ほんとうにしんどいと思うので、出かけようかなあ・・・。でも今から行っても今さら行ってもという気持ちがぬぐえない・・・。もっとラフな格好に着替えて、スニーカーを履いて、ウォーキングにしようかな・・・。いやでも、目的があるから出かけようと思っていたわけで、本末転倒なような・・・。でも運動できるから、いいか・・・。

うーん。ふんぎりがつきそうにない。

もう少しゆっくりしてから、考える?

 

 

 

 

どうしよう・・・

 

明後日の予定が不安で眠れない!

明日の予定が不安というより、明後日の不安な予定のために明日すべき準備を考えすぎて眠れない。

ここ数日の生活リズムの乱れもあると思う。

真っ暗な部屋で、インスタグラムを見、YouTubeを見、スマホアプリで漫画を読み、枕元のエッセイ本を読んでも一向に眠たくならず、1時を過ぎたあたりで、これだけ眠れないなら、明日やるべきことを今ひとつやってしまおうと考えた。

以前も生活リズムの乱れからなかなか寝付けなかったとき、「眠れない」とAIに相談したら、「難しいことを考えたり、おもしろいエキサイティングな動画を見たりするのはアカン」と言われた。私は、眠れるまで、オーケストラのスコアを見ながら曲を聴くこと(これも確か翌日やろうとしていたこと)や、没頭できるマインクラフトあるいはその実況動画を見ることをAIに提案したが、前者は頭を使う作業であること、マインクラフトはゾンビに襲われないかハラハラドキドキするからという理由で「やめときな」と却下された。結局、そうしてAIに長々と眠れないからどうこう言うてる間にも時間がたち、最終的には「交響曲の作曲者について、頭を使わなくていい簡単な言葉で、できるだけ長々とお話ししてください」ということで、易しいウィキペディアを読んでいるうちに眠ることができた。自分で調べるよりも、語りかける口調で、簡単な言葉で、長々とAIは文章を作ってくれたが、その文章の中に登場した国や文化について何回か質問したため、それなりの時間AIに遊んでもらったことになる。長々とした説明のあとにいつも「ぐっすり眠れますように」的なしめくくりをしてきていたのに、さらに質問を返して…不憫ながら、ありがたい存在だなあ。

思い返せばこの日は、仕事のメールでモヤモヤしたやり取りがあって、それで気持ちがおさまらなくて眠れず、AIに相談し始めたわけだけど、眠れないのって結局生活リズムだろうと、ここ最近考えるようになった。

子どもの頃も、夜ひとりで布団に入り、不安で眠れないことがあったが、枕元にライトと小さな棚があり、7冊ほど漫画や本を並べていたので、小さなライトで「あたしンち」なんかを読んでいる間に眠れていた。

いわゆる夜更かしをするようになったのは高校生の頃からで、夜眠れず朝起きれない生活リズムに気づけないまま大人になった。目の前の「やらないといけないこと」がどうしても片づけられなくて、思えばあのあたりからキャパオーバーだったんだろうと思う、現実逃避でアニメを見たりチャットをしたりして、そのまま机に突っ伏して朝まで寝たりしていた。

親にも怒られたけど、若さゆえか身体も全然痛くないし、体力的にもなんともなかった。今思えば朝起きれない、授業中眠いという弊害がちゃんとあったけど、眠れない夜と起きれない朝が頭のなかで紐づいてなかったのかもしれない。そもそも、そんな次元に生きてなかった。目の前の流れにただ流れて何も考えずに生きていた。

大人になって、気絶するように眠る日々を体験した。

倒れるようにして布団に横になり、気を失うように入眠する瞬間が一日の中で一番幸福だった。幸福は一瞬で終わり、絶望的な朝を迎え、枕に涙をしみこませたり、うなりながら体を起こしたりした。瀕死の状態から、突然始まる呼吸と拍動に身体がはねかえるような、冷や汗の出るような覚醒でしたね、めちゃくちゃ眠いは眠いけど血圧上がってるような感じ。寝不足で体温がバグってる感じ。

その仕事を辞めて、しばらく何もない休日を得て、朝起きて、二度寝して、昼起きて、昼過ぎから夕方までまた寝てを繰り返す間に、ペッチャンコのスポンジがゆっくりふくらむように、本当に元気になっていく実感があった。布団に寝そべったまま、窓から見える青空を浴びながら、ウトウト、また眠れる時間って最高だった。

昼寝ってサイコー。これまたAIに、昼寝について問うたことがあるが、まあ自分で調べたとしても、午後以降の昼寝は15分程度にとどめないと、夜の睡眠に影響すると言われる。私は昼寝をすると3時間くらい意識不明の重体となってぐっすり寝てしまうし、それが気持ちいい。過剰に寝て体力が回復する感覚を知っているからだろうか。15分の昼寝ってめったにしなくて、激務時代の残業中に蛍光灯がまぶしくて、デスクに突っ伏して目を休めるうたたねが15分くらいだったかなあ。先輩によく頭をたたき起こされていた。あれもすでにキャパオーバーだったけど、あのときは職場環境がよかったんだと思う。辞めてから、空回りしていたなあと気づく。

家族もよく寝る人たちである。15分以上の昼寝、夜更かし、朝寝坊も一部・・・。通勤通学の朝以外は、寝ている人は基本的に起こさない方針だった。大人になって、そんなに昼寝をしない人の存在を知ってびっくりしたのは、ごく最近のこと。

朝方とか夜型とか潜在的に個人差があるというのは言われて久しいかもしれないが、お昼寝がいるタイプも潜在的個人差があると思う。育った環境だけが要因だったらどうしよう。いや、生活リズムだって崩れたり整ったりするんだから、多分育った環境のリズムはそんなに関係なくて、身体的な個人差だろうと思う。私にはお昼寝が必要なんだ。

お昼寝の必要性を断固として主張したい気持ちはあるが、一方で生活リズムの大切さに気付いたのもごく最近のことです。生活リズムが整って、健康を感じた期間があった。それは、仕事を辞めて、生活リズムめちゃくちゃに朝も昼も夜も寝て、昼夜逆転して、新しい仕事に就いてからしばらく経ったころ。前の仕事より朝少しだけゆっくり起床し、出勤も遅くなったので、ゆっくり朝ごはんを食べ、ストレッチと筋トレをしてから徒歩で通勤し、短時間ながらめいっぱい働き、短時間ながらヘトヘトになって帰宅し、でも最低限の家事をして、お風呂もちゃんと入って、布団でぐっすり眠る、という生活リズムが、それこそ「整った」時期があった。体の不調が少なく、気分良く元気に出勤した!

今は新しい目標に向かって、また新しい仕事に飛び込もうという移行期間。ちょうど移行期間に生活リズムを整えられず、今こうして長々と久しぶりにブログを書いている。(疲れてきた!)

新しい仕事でも、いい生活リズムを築けたらいいなあ・・・。

体調も波があるから、家事を調整して、仕事と睡眠をちょうどよくキープできるようにしたい。仕事を調整するのは疲れるから…。理想はお昼寝なしで、夜ぐっすり寝ること。でも夜の睡眠時間が足りなくなってきたら、夜の睡眠を浅くしてでも昼寝を自分に許可したい。昼寝は夜の睡眠に影響するけれど、睡眠不足や体調不良で夕方疲れて眠たいときは、自分を寝かせてあげたい。あんなに気持ち良い昼寝が、身体が欲していないわけがない。つまり、夕方眠た~~いときは、体が必要としているのだということ。でも経験上、昼寝してしまう日が3日ほど続くと、さすがに夜眠れなくなってくる。今のこの夜更かしも、そういう感じ。

生活リズムってコントロールするのはすごく難しい。今晩をどうこうしたら済む問題じゃないから。日中の活動量、体調、メンタルなどなど、単純な睡眠時間以外の要因が、睡眠時間を整えることを阻害してくる。だからある程度は「しょうがないか~」と、今もこうして夜更かしを認めてみている。前回みたいに布団の中でAIに相談してなんとか粘るときもあるけど。なんか結局入眠できる時間は同じな気がしてきたぞ…。

えっ、ていうことは、生活リズムを自力でどうこうするのって無理なんじゃない?

いや、これまでも仕事をやめるだとか、新しい仕事につくだとか、23時には布団に入れるように逆算するだとか、日中運動を心掛けるだとか、地道なコントロールで少しずつ整えていくものなんだろう。船の舵をとったことはないけれど、車みたいにハンドルを回せばそっちに行く(…のかもしれないけど船も)のではなく、大きな路線変更や、小さな調整を繰り返して、とにかく、健康的な毎日を送りたいですね。

自己実現したいことってたくさんある、大変だ!

けど、なんとなく流され流れていたころよりも、生きてるって感じ。

以上で3332文字でした。文字数でいうと少なく感じるなあ。原稿用紙8枚分かあ・・・。

たまにはこうして文章書きましょう!また!

夫はどうしたいのだろう

こんなに仕事で疲弊して、ストレスを抱えて、そんな職場に腹がたたないんだろうか


すぐ「むかつくー!」って言うのはどちらかというと私のほうで、夫は不安そうにすることのほうがおおいんだけど…


いくらなんでも、話を聞いていると、私のほうがなんだか腹立って、

生活リズムの乱れもあり、眠れそうにないぞ

私も同じ職場を不満たっぷりで辞めているので、

前の職場での辛い経験を、また夢に見るかもしれないし、話を聞いて、とってもモヤモヤしてる。

だから、せめてたくさん聞いた夫の不満や、私も不満に思っていたことを整理して、

嫌な夢を見ないで、ぐっすり眠りたい…


そろそろ時間も経つので、

嫌な夢を見たときに、「あ、これ嫌な夢だ、私はもう辞めたんだ」と気付いてから目覚められるようになりたいなあ

ハッとして起きるよりも、「もう辞めたんだ、大丈夫だよ」って自分で思って目覚められたら、すごく安心できるんだけどなあ

何回かそういうときもあったけど、

最近は少し現実離れして、また別の怖い夢になり始めてるから…

夢のなかで「これは夢だ」って気づけるようになりたい!!


というのは私の話で、

職場を辞めたいわけではない彼は、

「休みたい」と言うけれど、

本当はどうしたいのだろう

「苦しい、助けてくれ」というメッセージはたくさん受け取るが、一定ラインから「入ってこないでくれ」とも聞こえるような…

本人にもプライドがあるんだろうけど…

それにしたって待遇が悪すぎる


人数が少なすぎる

やることが多すぎるし細かすぎるし

規模がでかすぎる


人手不足なのに、人が必要な仕組みでやっている

たくさん人が必要だから、情報共有や足並みをそろえるのにすごいストレス

なのに、仕組みを減らすなら人も減らせと言ってくる

仕組みを減らして人数はそのままにしておけばいいのに

どうせ予算は変わらないんだから

人を減らして(あるいは人がいなくなってその代わりの人も見つからない空席のまま突っ走って)いるのに、その浮いてる人件費はどこに置いといてるわけ?

利益になるわけでもないのに


情報共有そて足並みそろえるための打ち合わせをする時間だってまともに取れないのに、

大の大人が各々自分の好き勝手やりたい放題言うて、

その間であっちの意見もこっちの意見も聞いて「どうしよう」と困っている夫に、

私は「周りが好き勝手言ってるんだから、自分もわあわあ騒いで助けを呼びなよ」と言ったけれど、

誰かに相談するようなまとまった時間の余裕がないのも、私は知っている

誰かに相談するのにも、忙しい中で相手の時間に気を遣い、自分の心もすり減るような時間の余裕のなさ、

だんだん追い詰められて行く感じ


だから私も何も言えないときもある


でも今のまま心身ともにヘトヘトで働き続けるのは本当につらいから、どうにかしたい

けど本人はどうしたいのか、本心が見えないでいる


私も現場の状況が分かるから、どうしたらいいか分からないのもあり、勝手に「こうしなよ」ってアドバイスするのも違うような気もするし、

でも「ただ聞いてほしいだけ」というには問題が山積しすぎだし何よりしんどそうすぎる…


休職も提案はしたけど、一時期自分のことに思い悩んで休んだ時期もあったけど、

今は職場の仕組みにがんじがらめになっているように見える

一体誰に相談したらいい?

相談する時間も惜しいのに、相談することに解決の糸口が全然見込めないのに、相談することで自分の心も擦り減るのに…

解決したい問題は複雑で、本当にたくさんあって、

それぞれ絡み合っていて、

でも怒涛のように進んでいく毎日に、立ち止まる暇もなく…


私に何ができる?

もう辞めた私に


見ていることしかできない


助けてほしそうにはしているが

何もしないでほしそうにもしている


解決したくないの?とも感じられるけど

解決するのにも時間と体力がいる

解決しようとするのはしんどいのもわかる

一人では解決できないことがある

組織の問題は一人で太刀打ちしようがない

一人でできることからやるしかないが

一人でがむしゃらにやったけれど私はだめだった


私も本当は辞めたくなかった

今でも戻りたいと思うけど

辞めて良かった絶対戻りたくないとも思う


なんかもっとしっかりしてほしい

運営

私たちよりもっと上の役職の人

もっと現場の人をだいじにしてほしい


辞めたったらいいのに

辞めたいわけじゃないんだよね、分かる

休んだったらいいのに

休みたいわけじゃないんだよね


一生懸命働きたいのに

精一杯やってるのに

否定してくるくせに要求してくる


もっと怒ったらいいのに

「できるかー!」って投げ散らかしたらいいのに


今の私の職場には、「できるかー!」ってほんとに投げ散らかす人がいます

それはちょっと大人気ないなと思う

「俺は機嫌が悪いぞー!」を態度で示すタイプ

それはそれでドン引きだけど、

理不尽に対して怒る気持ちは誰もが持っていいもので、

誰かに話してもいいもので、

投げたりキレたりするのは周りに迷惑だからやめたほうがいいと思うけど、


もっと自由にのびのび働いてほしい


私もそう

今は自由にのびのびやらせてもらってると思う

それはすごく幸せ

理不尽な上司がいるけど、私はちょっと舐めてかかってる

私はちゃんとやってるぞ、っていう自信もちょっとある

でも前の職場だったらそんな自信も私なかったし

辞めちゃったし


環境の相性って難しいけど

一番は自分

自分がのびのび頑張れるように

自分が自分をだいじにしてあげたいし

私は夫がとても大事なので

話をきいていて、なんとかしたいのに、

私にできることが分からないのがもどかしい

自分をもっと大事にしてほしい


自分をもっと大事にして!

って言ったら鬱陶しいかな


いっぺん休んだったらええねん

もっと好き勝手やりなはれや

かな


うーん

難しい

アレルギー性鼻炎、お腹の不調、精神的不調で、眠れなくなった。


気持ちが疲れてるので、YoutubeもInstagramも集中力がなく見てられない。

Minecraftの攻略を見て、映像が頭に浮かんだから、単調な作業が眠くなるかもしれないと思って、

(逆効果にはたらくときは、頭が冴えてますます眠れなくなるが、今日はそうでもないと思った、疲れてるから)

シュルカーボックス3つ分くらい整地した。


ポコポコ削ったり埋めたりしてる間、いろいろ考え事。




今日は、自分からうまく会話できなかった。

相手に当然肯定を求められる内容の、問いかけ自体に疑問というか自分としては矛盾があって、それで自分の答えがすぐにうまくまとまらなくて、「もちろんそうです」と言えなくて、ぺちんとたたかれたのが、ショックだった。

相手が求めている答えがすぐに出せなかっただけで、今自分の中では「問いかけに矛盾があった」っていう納得があるから、今は何とも思ってないけど、そのときは傷ついたなあ。

笑ってごまかしたけど、うまく喋れなくて笑ってごまかしたから、それもつらかった。



最近、ストレスやショックで、疲れがどっと出たり、休養が必要だと感じるようになった。


ちょっと前は、とっても忙しくて、気絶するように寝て、飛び起きて、駅まで走って、朝から晩までしゃかりき動き回って、ストレスやショックが吹きとんでったし、気を張ってたから、腹痛もどっか行ってた。


今、休める時間が増えたから、疲れやしんどさを自覚して、自分で「休もう」と思えるようになった。


一方で、この前Youtubeで、仕事や趣味をたくさんなんでもこなすことも、筋トレと同じで体力を鍛えることが必要と言ってる人がいた。

私はこれを聞いて、筋トレを怠けてフニャフニャの、仕事も趣味も頑張れない自分を残念に思った。


準備運動の無い急激な負荷は、ケガのリスクもあり、筋トレとして効果が良くない。

これを仕事や趣味の体力で考えるならば、昔の自分は過負荷であるから、昔と今の間、最適なトレーニングは何になるだろう。

これは、今まで考えたこともないから、答えが思いつかない。(疲れてるし!)

けど、考えてみたい。



すっと読んでみたかった源氏物語、読みやすい装丁・現代語訳の本を見つけて、読み始めた。

ものすごい話だなあと昔から思ってたけど、

予備知識が増えて、現代と全く異なる慣習文化のフィクションであるということが理解できるようになった。

現代の情報量は平安時代の1000倍と言われる。

平安貴族、「夜通し一緒に絵を見て過ごした」とか言う。

灯火で絵1枚の情報量、夜通しといいつつ、あけぼのに自然と目が覚めれるくらいの時間に就寝してるんでしょ…。

その呑気さは羨ましくもあり、

人間関係の複雑さや気まずさは現代にもまさるかもしれない。心労ですぐお亡くなりになる。

そういう現代日本と違う文化と、ごくまれに今と同じ心情が登場するところが、意外と読める。

あと、物語的な風景描写が美しい。

目に見える風景が事細かに描いてあるわけではなく、「ものすんごいきれい」「めっちゃいい」における「どれくらいすごいかっていうと、もうほんとにすごくて、こうなっちゃうくらいでした」の部分がモリモリに描いてあって、読み手も風景を事細かに想像することなく、でも「メッチャいい」概念だけ読み取ることができて、そういこところが、うまいことできてる。


でもやっぱり特に登場人物の名前が覚えにくいし、親戚関係や身分がややこしいから、ゆっくりゆっくり読んでる。




考え事をずーっとしながら、眠れなさに浸って整地してたつもりだったけど、

書き出したらこれだけだった。


もっとあったような気がするけど、もう忘れた…。

頭空っぽになったかな。寝れるかな。

鼻水止まらないし、お腹の調子は引き続き悪いので、

どうかな。

調子が悪いので気持ちを書き出そうとしたけど、

調子の悪い気持ちが羅列されてオエッてなったのでやめた。

 

本当においしいものを存分に食べるのが私のストレス発散…かなあ

今なんだか気持ち悪くて、ごはん作るのしんどくて、幸せじゃない…気が滅入っている…

 

でも楽譜にかじりついて無心で譜面を追っかけてるのも発散する

 

大学の定期演奏会にお手伝いとして出ることになった。

合奏のるのめちゃくちゃ楽しみ。

 

はやく楽器触りたいなあ。

 

楽譜でも追っかけようか。

あんまり時間ないけど、ネイルケアもしよう。

 

ごはん・お弁当は簡単に。

 

炊飯機だけは、おこめ炊かなあかん…

けど、今気が滅入ってるときに、「せなあかん」でますますやる気なくしたらあかんから、

 

ネイルケアからしよか。

 

私のストレス発散法

 

 

 

 

 

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