1997年7月1日、インターネットでホームページを立ち上げてスタートした僕の音楽活動。

 

一本のデモテープをCDショップに持ち込んで営業をかけた以外はほぼネットでのプロモーションでした。

HPで自分の思いを常に発信する若干辛口のメッセージを中心に、極力チャットなどにも参加して交流を深めつつ、デモテープを聴いて共感してくださったCDショップの人たちとも小まめに交流をしにお店に足を運びました。

 

残念ながら殆どメディアに取り上げられることもなく、寧ろ厳しい意見を受けた僕が見出せた活路はインターネットと実際のCDショップだけでした。

 

1998年2月1日、記念すべきアルバム『Sign Of The Times』をリリースした一週間後、プレス1000枚は完売しバックオーダーの嵐でしたが自主製作が故に金銭的な余裕もなくすぐにバックオーダーする事が出来る一か月間を開けてしまったのです・・

 

 

そんな事も関係なくその後追加プレスした5000枚も完売しさらに5000枚プレスして結局年間で8000枚強を越える売り上げを記録しました。

 

名前も外国人だし、帯もなく評論家のお墨付きもないアルバムがなぜ売れたのか?といわれたらそりゃ「クオリティが高いから」という他ないのですが(笑)、何より「リスナーのニーズに合致した」といわせてください。

 

アップテンポのテクニカルな曲、スローヘヴィなクラシカル、オーセンティックなアコースティックアメリカンバラード、問答無用のネオクラシカルインスト、ギター泣きまくりのインストバラードなどなど・・僕が一番求めているモノを形にしたのがこのアルバムです。

 

当時の批判で一番印象的なものは

 

ドラムが打ち込み(プログラム)だから残念だ。

 

ってやつでした。

 

今の時代をご覧ください・・ドラムが生でなければいけませんかね?(笑)しかもメタルでもどうですか・・これ以上は言いませんがね。

 

僕はハッキリ言ってアメリカでのスタジオワークでまざまざと見せつけられたのが「クオリティためには手段を択ばない」というものでした。でも日本は義理人情や浪花節を音楽のクオリティにも持ち込むので一向にレベルが上がらなかったのだろう・・・と思います。

 

とにかくCDをリリースしたもののバンドもなくすべて一人で作り上げてしまったが故に、自分以外をすべて敵に回したような形になり、当時はとにかく「バンドはライブで見せてナンボ」ってやつでしたからホントあることない事(ほぼない事)を好き放題いわれてしまい大変でした。

 

2000年のミレニアムになってもまだまだ世間的にはインターネット=オタクの巣窟だったので、僕のイメージは「ライブをしないでネットで吠えてる」という感じだったように思います。まぁ僕自身も別にそれに対して自分が悪い事はしていないと思っていたし、ただただ正直に活動していたので、何を言われてもきっといつか時代は変わるだろう‥ぐらいに思ってました。

 

そして2020年、、100年に一度といわれるパンデミックが起こりました。

 

あらゆる業態が変化を余儀なくされている中、僕自身は20年前からやっていた事を変わらず続けてきたお陰で、ほぼ何一つ変わってません。

 

それどころか活動をし続けてきたお陰で僕のファンの人たちもそれぞれがより仕事も充実されたり安定してきたお陰で僕の活動のサポートもしっかりクラウドファンディングという形などでサポートしてくれるようになり、配信ライブをやっても通常のライブ以上に収益を得られたりと自分自身の活動はコロナ禍においても充実しています。

 

ミュージシャンって売れれば売れるほどブラック企業で最も働かされている下っ端みたいな扱いになるイメージがあります・・まぁ給料だけは役員クラスかもしれませんがね。

 

僕はとにかく自由でいたいので、極力そこを大切にしているのでまぁ無理ですね(笑)

 

常に自分にとって新鮮で新しいものに挑戦したいですし、かといって過去の作品でも自分がやりたいと思った時にすぐに再現するライブが出来るのも幸せです。

 

マーチャンダイズも今まで自分ではあまり乗り気ではなかったのですが(全て自分でやっているので発案から制作、販売まで自分でやっていたので)、斬新レコードで僕のアイデアを形にして販売してくれるようになるので、非常に楽になりますしファンの皆さんにとってもTシャツやグッズなども興味がある人たが入る事は分かっていながらあまりやってこなかったので、楽しみにお待ちください。

 

とにかく僕は常に自分がその都度出来る事をすぐに形にして行動して生きてきました。

 

ネットがダイヤルアップで23時からテレホーダイの時間に何とかつないで100キロバイトの音源をアップし、極力ファイルサイズを軽くしながらも音質を上げる事に精力を注ぎ、とにかく話題を絶やさずに更新し続けました。

 

ライブが出来ない分よりそういった事に関しては重要と考えていたので、今でもその感覚はSNSにおけるプロモーショ活動に活かされていると思います。

 

去年50歳になりましたが、はっきりいって僕のやっている事は今時の20代以上にマメにSNSを更新しているのではないかと思うのですが、こんなオッサンでも幾らでも話題に事欠かないのは、全てを自分自身で行ってきたからこそ得られた知識や経験が多くの人の興味を引くことになり、24時間必ず誰かが僕に反応するようになっています(笑)

 

僕は一日中PCの前にいても世界中のファンとやり取りが出来るようになっています。

 

それも2002年に世界でリリースした3枚のアルバムのお陰でしょう。

 

 

 

 

サインオブザタイムスも日本版とは違う曲でリリースしました。

 

そこで決まったグレンヒューズとジョーリンターナーのバンドについて一か月以上ヨーロッパを回った過酷なライブツアーも経験する事で、その時話題にならなくても「歴史」としては十分に価値のある経験となったのです。

その後音楽学校の講師となり音楽活動からはさらに遠のきましたが、2009年に出版した教則本によりまたもや自身の活動を再開したのです。

 

 

まぁどのような活動をするにせよ僕は「ケリーサイモン」というキャラクタを最大限に活かしてきたので、音楽だけでなく僕自身の生き方がビジネスモデルになっているという珍しいタイプのミュージシャンではないかと思います。

 

というか僕自身ミュージシャンというよりもケリーサイモンでしかないですしね(笑)

 

ケリーサイモンにしか出来ない事、それが全てだと思います。

 

ミュージシャンのみならずこれからの世の中は誰もが「掛け替えのないもの」、または「代えがたいもの」になるほかありません。

 

それがあればどのような形であろうが人に伝えられる場所があればライブ会場でもネット配信でもなんでも同じなのです。

 

まさにテレワークの時代の先駆けだと思ってます。

 

そんな僕も20年前に購入したボーカルブースを東京に持ってきたのでこういった様々な経験談などをお話するトークライブ配信なんかもいいんじゃないかなと思ってますので楽しみにお待ちください。

KellySIMONZ