僕は約30年前渡米した理由は「日本では浮いている」からでした。

何が浮いてるかっていうと多分今でいうところの超絶だったからかもしれません。

ギターには自信がありましたが別に偉そうにしているわけでもなく自分が好きでやっているだけなのになんだかおかしくなる先輩?がたびたび現れました(笑)
 17歳の時、ギター歴3年程度ですがまぁこの位は弾いていたので、先輩たちが狂ってしまうのも仕方ないのですが(笑)、正直鬱陶しいしまともに音楽活動がこれでは出来ないだろうという思いで、さすがにアメリカなら僕もそう簡単通用しないだろう‥そう思ったのです。

ところがどっこい・・

MIハリウッドという学校に入ったのですが、送ったデモテープが何の間違いか当時MIのギターかはGXGAという大まかなクラス分けがありGX1というクラスに入ったのです。

それがまさかジャズフュージョンでしかもトップクラスだという事は最初の授業で気づいたのですが・・

いきなりOHPフィルムのスライドで譜面をスクリーンに映して、全員が「サンハイ」で弾き出すわけです・・もちろんそこにはヤングギターでお世話になったTABもありません(笑)・・人生でヤングギターのタブ譜以外すべて耳コピの僕の全てがこの時終了したのですw

しかぁし!

 

諦めない僕は必至のパッチで2回まわし目以降スーパー耳コピと持ち前の記憶力でついていったのですがきつかったですね(笑)

しかも何が凄いって皆結構年齢が上で「音楽の仕事をして稼いでさらに学びたいから来た」とかいう20前後の僕にはオッサンにしか見えない人ばかりで・・スウェーデン人が居たので僕がイングヴェイが好きだと言ったら知らずwフレーズを弾いたら「バッハのようなスタイルだね」といわれてしまうカルチャーショック!!

 

オープンカウンセリングというフリーな講義に出席した時も舐められてイカン!と思い全力で弾いたら先生に

 

「君そんなに弾けるならもうイングヴェイのCDは全部捨てなさい!聞く必要がないです(笑)」といわれました・・

 

その後先生にイングヴェイを教えるようになりました(笑)

こういう経験が出来ただけでも、ホント日本で生きてきたちっさい島国の限られた情報から一気に解放され十数年が脆くも崩れ去るというかホントいってよかったなと思います。
 

その後も訳も分からない状態で僕は何とか授業についていきながらも途中から外での活動に力を入れるようになりほとんど学校には行かない日々が続きましたね・・テストだけはしっかり受けましたので卒業は出来ましたが、まぁMIという学校には渡米するきっかけとその当時でも僕はジャズフュージョンのトップクラスに選ばれた事などとても自信と勇気づけられたのです。

※もちろん当時は本名ですw


「あいつは速いだけだ」とか「ブルースが弾けない」などという謎の先輩はいないし、みな僕のプレイを喜んでくれたので日本には正直戻りたくなかったですね・・

でも兄の急逝により僕は日本へ帰る事にしました。まぁ正直そんなん関係あるか!とかいってアメリカに残る事も出来たのかもしれませんが、残念ながら僕はそのような教育を受けていなかったので両親の近くにいた方がやっぱり良いだろうと思ったのです。

まぁ生きてればなんとかなるしまた戻ってこれるだろう、だってこれだけ僕のギターは通用したんだからって思ってました。

なのでアメリカでそれなりに通用したギターは日本では突き抜けてしまい(笑)全く仕事どころかアメリカ帰りというだけで生意気なレッテルを張られ(というか多分生意気でした(笑))音楽の仕事は望めないと早々に察知して僕はアメリカでしこたまこさえた借金を地道にアルバイトしながら返済していました。

最初はNECのサーマルプリンタ(懐かしい)のラインに入ってそこから初のLCD付POSレジをローソンに出荷するという事でそのラインに入って以降、何でも適当に熟せることを活かされてしまい当時NECはズブズブだったw郵政相のPCとか警察庁のPCなど色々な仕事を転々としてさらには表に駆り出されて新規開拓のパイオニアとして活動してました(笑)

やっぱり見様見真似が上手いのは何でも通用するもので、職人がやっている事を隣で真似していると結構すぐに出来てしまい重宝されたのでした・・新幹線の鉄橋に潜って振動データを取ったり、ごみ焼却場の釜掃除とかLANチェックなど面白い仕事を沢山しまいた。

勿論その時の経験が音楽は全く生かされていませんが(笑)いろんな仕事をすることは人生にはとても貴重な経験となったと思っています。

その間にもシコシコ一人で作った作品がデビュー作の『Sign Of The Times』だったのです。

 

 

いや~売れましたね・・もちろん売れると思ってましたが(笑)

まだ売れて間もない初々しい僕。


とこういうことを言うとまた何かと言われるのが日本なんですが、考えてもみてください・・

そもそもなぜ売れないような作品を作らないといけないのでしょう?

自分で最高だ、これは絶対売れる!と思って作るのが作品です。

それで仮に失敗したとしても自分では最高傑作なのです。

それを馬鹿にする人の方がおかしいと思います。

というかなぜわざわざバカにする必要があるのだろう・・

それは気に入らないからなんでしょうね。

どーでもいい人にとってはそもそもなんもないわけですから。

そして謎の匿名アンチ集団に叩かれ磨き上げられた35歳の僕w


とにかく僕は自分のやりたい事をやり切る事がいかに大切かを渡米した30年前からハッキリと自分の中では認識しているので何一つ変わる事も返る事もないと思っていました。

僕は超絶などと一応うたい文句として使わせて頂いておりますが、ギターのテクニックなどでいえば別に超絶でも何でもないという事は自覚しています。

でも放つトーンには自信があるんです。

 

 

それこそが今まで経験してきたあらゆる事、仕事も含めて全てを僕は音に乗せて放出しています。

 

 

元々音で人に伝える才能は恵まれていると思ってました。

 

 

最近そういった先天性の能力をギフテッドというらしいですが、まぁ所謂天才といわれるものに似ているのでしょうかね・・・

僕は間違いなく楽器の音で感情を伝える能力は長けていると昔から自分で理解していました。

だからこそそれから逃げたら罰が当たると思っています。

人に何かを感じさせるだけのトーンを出せるという事はそれだけで十分才能だと思うのです。

その中でも突き抜けて「今まで聴いたことがない」といわれるようなトーンを出せる事が超絶だと思っているので、いうからにはやらねばならないしやるからにはガンガン行っていくつもりです。

 

 

やっぱり超絶は肌で直接体感してもらわないと伝わりません。

 

 

人間が体という器に収まっている限りはやっぱりその体で感じてもらわねばいけないのです。

 

 

なので興味本位でもいいので是非足を運んで下さいね。

 

 

因みに僕はギターだけでなく喋りもオモロイのでとても楽しめると思いますよ(笑)

【ライブ情報】


2019.9.21 ZOHM DREAM DINER
Open 18:30 / Start 19:30
MC ¥4,500(1Drinkつき)