乾杯 という言葉と共に
彼が手にしている
ビールグラスに付いた口紅が
目に飛び込んでくる
美味しそうに喉を通る
麦酒の近くで私は
何も言えない
気付いていないのなら
そのままのほうが
おそらく幸せである
胸にしまって一年
それはもう
去年の忘年会のことである
サラリーマンのスーツに
くっつき虫が付いている
「あのう、お兄さん、
くっつき虫、、」
居酒屋の喧騒に
もちろん掻き消された自分の声は
誰にも届かなかった
でもその時初めて
秋を感じ
「お兄さんのくっつき虫のおかげで
わたし、秋を感じたんです」
と心の中でささやきながら
接客を続けた
感じたのである
そして
何も言えないのである
「いらっしゃいませ こんにちは」
を無視することが
できなくて
スーパーやコンビニでも
「あ、こんにちは」
と返す自分も むず痒くて
でも無視する理由は
いまの自分にはなく言う
「こんにちは」
は声が小さすぎて
届いていないかもしれない
結局むず痒いままで
本当に胸を掻く
胸中を察してくださるかた
いらっしゃいませんか
いらっしゃいませ
こんにちは
都会で書けないもの
栄光もら仲が良い
こないだ ではじまる花
メモに書かれた記憶のないものは
それは記憶のないものである
久しぶりに眠れないわたしは
こんな夜
何度もあったけど
最終的にはどの夜も
眠れたんだもんなあ
と思いながら
暗闇で いろんなものを
かきわけ ひっぱりだす
眠れない夜に口紅を


