「結婚したら、
相手に対する思いやりも感謝も失って、
お互いを傷付る言動しかとらなくなるんだ」
と頑なに思い込んだ私は、
子供の頃から、
結婚というものに怯えていました。
より正確に言えば、
そのようになってしまうかもしれない
【自分】が怖かったのです。
恵比寿と兵庫県高砂市にある結婚相談所、
結婚物語。の仲人Tです。
すみません、最近Twitterが楽しすぎ&成婚談がありすぎるため、ブログを疎かにしております…!切腹!
次回
「相手をヤリモクにしているのは、あなた」
頑張って書きますー!
それでは今回の成婚談!
今日は、スタッフ皆が号泣した、
あるアラサー女子からのメールです。
それでは張り切ってどうぞ!!
婚活ではロングヘアがモテますよ、と言われていたにも関わらず、シャワーを浴びれないアジア圏の国に1週間旅行が決まり、「邪魔だから切っちゃお!」と後先考えずに髪形を変えてしまった私。
その結果プロフ写真を撮り直すことになり、「清楚」「ピンク」「女子アナ」というTさんのアドバイスに合う服を買いに行ったはずなのに、入店後3秒で暗い茶色のスカートに一目惚れしそれで写真を撮ってしまった私。
あまつさえ写真館のメイクさんの「簡単に男が寄ってこれないような強い女って感じで撮るのはどうですか?」という提案に全力で乗っかって笑顔をセーブした写真を撮ってしまった私。
婚活の目的を見失うことも多々ありましたが笑笑、なんとかこうして成婚まで漕ぎつけることが出来ました!
餅は餅屋!結婚のことは仲人さんのアドバイス通りにするのが一番!と思っていたはずなのに、なぜこうなった…?と自分の鳥頭っぷりに絶望したりもしましたが、終わってみれば全部良い思い出です!!
縁があって私とお見合いして下さった方は、
みなさん本当に素敵な人ばかりでした。
けれど、不仲な両親を見て育ち、結婚に対してネガティブなイメージを持っていた私は、婚活をしながらも、自分に結婚なんて本当に出来るんだろうか、と常に半信半疑でした。
それでも、結婚を前提にお付き合いしている人がいる、ということを初めて母に打ち明けた時に、婚活をして良かったと心から思ったのです。
母は、私が小学生の頃に介護疲れから鬱病になり、明るかった性格が一変しました。
当時の母は、自分の身の回りのこともままならない状態でした。
精神的に不安定になった母に余計な心労をかけまいと、私は母に自分のことを一切話さなくなりました。
学校で友達と喧嘩したことも、進路のことも、初めて彼氏が出来たことも、就職のことも、仕事の悩みも、何も話しませんでした。
だから彼から真剣交際を申し込まれ、両親に自分たちの関係について話しておいてほしいと言われた時、どうしようもなく不安になりました。
父と母の間で緩衝材となっている私が家を出ると知ったら、母はまた不安定になってしまうかもしれない。
そう思うとなかなか言い出せませんでした。
結局、散々先延ばしにして、ようやく覚悟を決めた私は、母に結婚を前提にお付き合いしている方がいることを伝えました。
私の予想と反して、
話を聞いた母の反応は穏やかでした。
私の報告を聞き終えると、母は唐突に私が知らなかった父との馴れ初めや、これまでの結婚生活のことを話し始めました。
いつも将来への不安や父への愚痴ばかり口にしていた母が、こんなにも長く、ハキハキと喋る姿を見るのはいつぶりだろうか、と茫然としました。
怒涛の勢いで自身の半生を語り切った母が、不意に静かになったかと思うと、「次はあなたの話を聞かせて。」と私の目を見て穏やかに言ったので、私は驚きでしばらく口が利けませんでした。
私が戸惑いながら少しずつ彼とのことを話し出すと、母は私の話を一切遮ることなく、真剣に耳を傾け、事あるごとに、真っすぐな言葉を返してくれました。
私は話しながら自分の言葉に熱がこもっていくのを感じました。母と、会話らしい会話をしたのは本当に久しぶりで、まるで子供の頃に戻ったような気持ちになりました。
その日の夜、部屋に戻って一人になると、これまでの母との日々が思い起こされて、涙が零れました。
その時点では、結婚どころかプロポーズも受けていませんでした。
でも、その時、私は、
「たとえこの先、婚活が上手く実を結ばなかったとしても構わない。母とのこの時間だけで、婚活をやった価値は充分にあった。」
と、心の底から思いました。
大袈裟に聞こえるかと思いますが、
私はそれほど嬉しかったのです。
私はいつの頃からか、母のことを、弱くて可哀そうな人だと思っていました。
いつも何かを諦めたように、ため息交じりに悲観的なことしか話さなかった母が、力強い言葉で私の背中を押してくれたことが、母と親子らしい会話を出来たことが、本当に本当に嬉しかったのです。
彼には「もし私たちのことを報告して、反対されても気にしない」なんて冗談半分、本気半分で言っていましたが、母から「話してくれてありがとう。残りの日々、仲良くしましょうね。」と言われた時は、本当に救われた気がしました。
「結婚したら相手に対する思いやりも感謝も失って、お互いを傷付る言動しかとらなくなるんだ」と頑なに思い込んだ私は子供の頃から結婚というものに怯えていました。
より正確に言えば、そのようになってしまうかもしれない【自分】が怖かったのです。
けれど同時に、
強烈に憧れてもいました。
ずっと「私には無理」と諦めていた温かい家庭は、私には本当に手に入れられないものなんだろうか。
本当に本当にそうだろうか?
諦めるのは、一度くらい挑戦してからでも構わないのでは?
ちょうど両親の間を取り持つ毎日に疲れ果てていた時に、仲が良くて昔から憧れていた従姉妹の家族と数年ぶりに会い、その想いが爆発しました。気付けばTさんの書いたブログの記事を読んで、苅谷さんに入会相談の電話をかけていました。
十代の時から「結婚はしない」と明言していたこともあり、今回結婚が決まったことを伝えると、親戚も友人たちも、とても驚いていました。
「ずっと私には無理だと思っていたけれど、やっぱり温かい家庭に憧れがあって…」と言うと、
「そんなことない!アナタなら絶対ステキな家庭を築けるのに、ってずっと思ってた。」と、中には泣きながら祝福してくれた友人もいました。
「いつか両親のようになってしまうかもしれない」という考えは未だに捨て切れていません。
それでも、友人が「大丈夫!」と太鼓判を押してくれた自分をひとまず信じて、頑張ってみようと思います。
生涯記憶に残るであろう母との会話も、結婚に対し、未だ懐疑的な気持ちを払拭しきれていない私を受け止めてくれる優しい彼と巡り合えたことも全て、婚活をしなければ得られないものでした。
その婚活を始める切っ掛けを下さったこと、活動を最後まで支えて下さったこと、感謝してもしきれません。
あまりに感動したので、その時、所長の苅谷さんに報告とお礼をしようと思ったのですが、上手く説明できる自信もなかったので止めました。
でも、成婚退会するにあたり、どうしてもこの件についてお礼が言いたくてメールしました。
気持ちばかりが先走り、やっぱり意味不明になってしまいました。最後だと思ってどうかお許し下さい。
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