私は尼崎の、阪神電車のとある駅前の古びたビルの二階で整形外科医院を営んでおります。
このブログで日々の出来事や思うところを書いてみたいと思います。
この時期は、学生生徒さんは新学年の健康診断の時期です。
ウチのが先日、尿検査を学校に提出しないといけないと言ってきて、私が手伝って持たせ提出させたのですが、その日家に帰ってきて弁当箱を洗うのに通学かばんを開けたところ、持たせたはずの検体が出てきたではありませんか。
どうして提出しなかったか問うたところ、学校に行ってかばんを開けても家から持って行った検体がすぐ見つからなかったから、取り忘れた人と同じように学校で採って出したとのこと。
それを聞いて当然に、提出物はいかなるものでも期日通り指示された通りに提出して学校の先生の手をできるだけ煩わせるようなことをしてはいけない、今回の場合は持って行ったものをちゃんと探し出して提出しなさいよと咎めました。こんな些細なことだったのですがちょっと考えることがありました。
なんだか昨今は自分の行った行為を大事に扱わなくなってしまっているような気がしてます。ある行いをしても、通用しなかったりなんだか駄目だなと思うと、次善の策はとばかりに、諦めてすぐ次の手を考えて行動する。子は親の鏡と言いますから、ウチのはたぶん普段の親の行動を知らず知らず真似ているのでしょう。
昔と比べて、我々は様々な有益な情報をより簡単に得ることができる環境に置かれていることもあって、たいそうな物言いですが、社会は少しでも要領よく効率よく行動することを是とする風潮を感じます。
それは大人として効率よく快適な生活するという観点からは大事なことなのかもしれません。でも反面自分の行ったことを見つめる、行ったことを大事に考える、反省すべきは反省し良い面は良かったと充分に実感してから次に生かす、そういったことが子供の時分には大切なことではないかとも思います。
そしてそのためには我々大人が、日頃の行いがあまりにも効率性重視に偏るのは考えねばならないなと思い至った、そんな出来事でした。

