妻の手術も終わり、摘出された腫瘍の病理検査は良性だったので一安心。

 私の背中にできた腫瘍(できもの)も摘出し今は検査結果待ち。

 先生の見立てでは良性の可能性が高いとの事でこれも一安心。

 手術の痕をスマホのカメラで撮ってもらって見たけど4針縫われていた。

 傷口は3~4センチくらいかと思うけど、思ったより傷口が大きいなって感じ。

 手術の最中は麻酔が効いているから痛くはないけど、肉を切る時の音は聞こえる。

 肉を切る時のジョリジョリという音を聞いて「肉が硬くてすごく不味そう」と思ったのはここだけの話。

 2週間ほどで抜糸をする予定。

 検査結果が何もなければいいなと思う。

 

 久々の更新になります。

 私の事は忘れられているかも知れません。

 最終更新日から色々とあり過ぎて頭や心の処理が追い付かずなんとなく過ごす感じが続きました。人生観が変わるほど色々とありました。

 今年ももう3月。

 去年に発症し治まった頚椎症が今年も発症して借金もないのに首が回らなかったりとか腕や肩、背中が痛くて夜は眠れなかったりとか手や指が痺れて感覚が無くなるとか色々と歳を取った分だけ体にボロがでてきます。

 そして今月末には妻がある件で手術することになりました。

 私も背中に出来物(腫瘍とのことですが)ができて根本的な治療として手術を薦められているので手術をすることになるでしょう。

 今年も早々と色々とありすぎてゲームをやり続けて現実逃避をしてる感じですね。

 そして子供も全員無時に大学まで行き年齢的にも成人になったので子育ては終了です。そして自分の人生だから自分で決めろと言うのが私の方針なので、学費はだすけど口は出さないつもりです。

 子供も大きくなって親から離れていくのはあっという間でしたね。

 そしてこれからは妻との人生です。

 付き合い初めてから30年、結婚してから25年と親より付き合いが長くなりました。ここまでこれたのも妻のおかげだと思っています。

 今回の手術が無事に終われば、とりあえずひと段落つくのかなと思っています。

 ひと段落ついたらボチボチと色々とな事ができたらいいなと思います。

 今月初めに義父が倒れ入院しました。

 先週は危ない状態でしたが今は容体は安定しています。

 妻が倒れてから毎週、義母と一緒に病院に行き先生から話を聞いてきます。

 先生も延命治療をしても認知症は進むだけという事もあり延命治療には消極的でしたし母も介護疲れがあったためか延命治療をしないという方針です。

 義父も徘徊が増え義母も苦労していましたし実家から近いという事で義妹が義父の迎えに行くなど負担は増えていくばかり。色々な思いはあったと思います。妻もその事に了承して最後の時を待っています。義母も覚悟は決めたのか少しホッとした感じのようだと話していました。

 認知症の介護をしていた人たちから話を聞いた事がありますが、やはり認知症が悪化してからの介護が大変で亡くなった時には不謹慎かも知れないがホッとしたと誰もが同じことを言っていました。

 亡くなってホッとしたと言うのは第三者から見れば不謹慎かも知れませんが、認知症を介護していた人からすればものすごく大変な状況が終わったのですからホっとするのは当たり前だと思いますし、介護の事を考えたら綺麗ごとではすまされないのです。認知症の介護は一瞬も気が抜けない状況が続きます。

 自分を相手が認識してくれない他人や泥棒だと思い込み攻撃的になるだけではなく、大声で叫ぶ喚く、少しでも目を離せばどこかへ徘徊してしまう。

 認知症の人がちょっと目を離した隙に徘徊し電車にはねられて死亡。その後、鉄道会社に損害賠償を求められたことがありましたが、最高裁で鉄道会社の訴えが棄却され損害賠償を払わず済んだという事がありました。

 このような事もあり義母も神経をとがらせて毎日を暮らしていました。

 今回の事により義母も少しは開放されたのかも知れませんし、寂しい思いをしているのかも知れません。

 その時がくるまでは本当の気持ちはわかりせんが、妻を義父の元に行かせてやりたいと思います。

 黙っていたのですが、とりあえず結果がでたのでブログに書きます。

 

 先月の初め頃に妻が胸にシコリがあるのを見つけて先日検査をしたのですが、エコー検査、マンモグラフィ検査の結果、癌はない事がわかって一安心しました。

 それと同時期に子供の膝の調子が悪化したためMRIを取り検査をした結果、水が溜まっていると言われましたが少ないため抜けないという診断がでました。

 最初はレントゲンを撮ったのですが具合がよくわからないと言われMRIで検査をする事になったので大事になるのかと思っていましたがこちらも一安心しました。

 

 それよりちょっと前に虫の知らせみたいなものがあり、何か嫌だなとは思っていましたがこれも取越し苦労で済むようで良かったです。

 

 一昨年に虫の知らせというブログを書いたと思いますが、あれから間もなく義母と義姉と立て続けに乳癌が発見されて手術をしました。妻もその可能性があったため心配でした。

 そして子供の膝はかかりつけの医者では見つけられず、別の医者に診てもらったところ発見しました。かかりつけ医だからよくわかっているはずと安心していると良くないのかなと感じました。

 妻に関しては毎年乳がん検診をしているのですが、それでも胸にシコリがあると不安になりますね。正直、心中穏やかではありませんでしたが少しは安心できそうです。

 

 久々のブログ更新。

 色々と大変でした、ほんと。

 愚痴っぽくなるけど色々とありすぎて手が打ちようなないくらい。

 四面楚歌に近いかな。

 でもここでひと踏ん張りをすればなんとかなるのかもという淡い期待となんともならないかもという気持ちの狭間。

 

 義父の件も進んでいた話が白紙に戻ったみたい。

 私は部外者だから仕方ないかなと思うけど。

 私が進言した事をやってもらえず、色々と問題になってから慌ててやりだす。だったら最初からやっておけば問題がなかったのに。

 そしてまたそれすらひっくり返す事をしようとしているのにはさすがに…。

 結局部外者だからそういう事になるのだろうけど、今後起こるであろう最悪の事態を考えて部外者だろうが強行的に介入した方が良いのかも知れない。

 

 多分、妻はある事に巻き込まれることになるだろうけどその際にどういう選択肢があるか、またどの選択肢を取るのが良いのか、そして最悪な事にもう一度そのような事態に巻き込まれるのは確定しているのでその時の対応をどうするのかを検討しておく必要がある。

 

 妻は他人の悪いことは絶対に言わない。

 30年近くの付き合いだけど一回もそういう事を聞いた事がない。

 それが身内であっても子供に対して親として注意する事はあるが、子供の悪口を私に言った事ない。そして私の事も私が知る限りでは誰かに言った事が無い。

 だからこそ今後起こることは妻に厳しいと思うのだがどこまで介入したら良いのか距離感が掴めない。

 妻のフォローが主の対応だったけど今後は妻をどう守るのかが主になりそうだ。

 

 これは備忘録として残しておく。

 認知症。

 アルツハイマー型の認知症の新薬が海外で認可されているものの、日本ではまだ承認されていません。

 認知症はアルツハイマー型だけではなく色々なタイプの認知症がありますが、薬が開発されているのはアルツハイマー型だけのようです。

 

 最近知ったのですが義父はアルツハイマー型ではないということ。

 

 進行を遅らせる事ができません。

 時とともにどんどん進んでいきます。

 

 昨日も妻が実家に帰っています。

 妻の家族間の話なので下手に入る事ができません。

 書きにくいことですが介入すると大変不味い状況になる事は確かです。

 

 また来週も妻は実家に帰る事になっていますが、夫としてはそれをフォローするしかないんですよね…。

 地域猫の関係のツイートが時折流れてきます。

 地域猫は時折みかけますし、家の庭に居ても気にしません。

 ベランダの下で雨宿りしていても全然かまいません。

 糞をされていて程度が知れてますし。

 この子たちは人間の犠牲になった動物であり無事に生きて欲しいと言うのが私の思いです。

 ただ飼う事はしません。

 年齢の関係もあり無責任に飼ったら子たちを裏切る可能性が高い。

 それだけは避けなければと思っています。 

 

 地域猫(さくら耳)活動のCMが一時期ラジオで沢山流れていました。

 その前には動物を捨てることは犯罪というCMもラジオで沢山流れていました。

 ACの広告です。

 これらを広めたいのでしょう。

 

 その反面、沖縄北部のヤンバル地域では野良猫を駆除するために相当な金額の税金が使われています。

 また10年で野良猫を絶滅させうよと計画をしています。

 正直、この地域の人たちにはがっかりです。

 何ががっかりか?

 

10年で野良猫が全滅するわけがない

 

 それなのに全滅を計画している想像力の無さです。

 なぜ10年で野良猫が全滅しないのか?

 他の地域から野良猫がきて繁殖するからと言うのも理由ですがそれ以上に

 

 猫を捨てる人間がいるから

 

 なぜこんな簡単な理由が分からず野良猫ばかりに責任を押し付けるのでしょう。

 本当に絶滅させたければ

 

 猫を捨てる人間を絶滅させる

 

 猫を捨てる人間をどうにかしない限り野良猫は絶滅させることはできません。

 何故野良猫がいるのか?

 野良猫は元飼い猫の可能性が高い。

 つまり野良猫がいる原因は人間です。
 繁殖して増えたとしても、その繁殖元の猫は野良猫。

 動物をすてる飼い主を絶滅させる運動をなぜしないのしょうか?
 

 今はマイクロチップで飼い主が判別できると野良猫を絶滅させる計画書には書いてありますが、ショップなどの場合は飼い主が出てくるまでマイクロチップには飼い主が登録されていませんから誰が飼っているかわかりません。

 一般論として売買される前の状態は登録されていませんね。

 そんな状態で管理ができるのでしょうか、私としては疑問しかありません。

 

 そしてこういう計画を立てる人間の傲慢さには呆れたし失望すらしています。

 

 猫絡みでこういう言葉があります

 

 猫を追うより皿を引け 

 

 小手先のその場しのぎではなく、根本的な原因を取り除けと言う意味です。

 

 根本的な解決ができなければ延々と同じことを繰り返す。

 そんな無駄な行為を繰り返し、その度に失われる命は報われるのでしょうか。

 沖縄といえば戦場になり命が沢山奪われた場所で命の大切さはわかっているはずなのになぜ命を無駄にするのでしょう。

 ここは原点に戻り、命の大切さを考えて欲しいと思います。

 長く一緒に生活するには「妥協すること」。

 ずいぶん前の話になるけど、彼と長く付き合うためにはどうしたらいいですか?

という質問をされた。

 その時に私は「妥協すること」と答えた。

 

 私は妻とは結婚してから24年目、結婚する前を入れると28年の付き合いで相当長い付き合いだと思う。

 その付き合いの中で出た結論が「妥協すること」。

 「妥協すること」は結婚生活をするうえで当たり前のように言われる。そして結婚だけでなく人との付き合いでも「妥協すること」と言うのは重要な意味をもつが結婚したらそれが最重要になってくる。

 

 結婚するまでに4年間付き合っていた。その間に妻の事は理解した事がつもりだったけど結婚してからは実際は理解できていない部分が多い事に気づいた。

 

 付き合っていた頃には見えなかった(もしくは見ようとしなかった)ところが結婚することでだんだん見えてくる。これは付き合っている頃はお互いが良く見せようとして相手に合わせていた部分があり結婚してからは相手に合わせる必要がなくなり表面化してきたのだと思う。

 普通に考えれば結婚してまで相手に良く見せようとは思わない。当然と言えば当然なのだけどやはりこれが付き合っていた頃と違うという思うようになる。

 私は結婚する前は妻の事を理解していたつもりではいたものの、現実は違い「合わない」「こんなハズでは」と自分が理解できていない事がどんどんでてきて喧嘩することも多くなった。

 喧嘩することが多くなっても離婚という話までは行かなかった。ただ衝突を回避するために付き合ってきた頃と同様の生活を続けてきたが、お互いがギスギスした感じになっているのは否めない。

 そうした中で気づいたのは付き合っているときに相手が無理して合わせいるということと自分の考えを相手に押し付けるのではなく相手の事をそのまま受け入れればいいという事。

 相手をそのまま受け入いれるのは当たり前のことだと思うけど意外とできない。っまた付き合っているときに相手が無理して合わせいるのに気付かずいると「付き合っていた時と違う」と思い相手の事を受け入れがたくなってしまう。

 例えば結婚生活に何らかの思いがあったとするならそれを考え直してお互い負担なく生活できるようにするとか、相手に対して不満がある部分は自分が補ったり、相手の個性として認めたりお互い話をして解決する道を探る。そうすることで相手への不満も減るだろうし、相手も気を遣う事が減り自然と喧嘩も減っていく。

 

 相手も人間であり意思があり思い通りになる人形ではない。 

 相手の事に対して自分の事ばかりを押し付けず一歩下がって考える。

 

 これが冒頭に書いた「妥協すること」という事。

 

 「妥協」と言う言葉あまり良い意味では使われないが本来の意味は「対立した事柄について、双方が譲り合って一致点を見いだし、おだやかに解決すること。」であり悪い意味ではない。ただ双方が譲り合わなければ一方が「妥協」をし続けることになる。一方通行では関係の悪化を辿り離婚理由でもある「性格の不一致」に繋がる。「妥協」し続けた結果「離婚」も珍しくない。

 

 話し合い相互に理解し押すだけでは引くところは引く。

 無理をしないような関係を作っていくのが関係を長続きさせていくために必要だと思う。

 

 

 去年の今日に書いたブログ。

 豚の角煮を作った内容。

 最近、豚の角煮を作っていない。

 その理由は

実際の肉の量より食べるところが激減する。

 豚肉を煮詰めるので豚の脂がどんどん溶けて大量に作った角煮の完成品が最初の半分以下になる。

 特に脂が多ければ多いほど…考えるだけでもゾッとする。

 当たり前と言えば当たり前なんだけど…でも納得いかないというか。

 店頭で売っている豚の角煮が何故高いのかを自分で作ってみて初めて理解した。

 これはコスパが悪すぎておかずとしてはちょっと無理という事で作る事をやめた。

煮豚もそうなんだけどココまでコスパが悪くない。

 一層の事、豚のモモ肉で作るのも良いかなと思ったけど店頭から豚のモモ肉の塊が消えていたのを書いていて気付いた。

 豚のモモ肉の塊は物価高騰のあおりで小間切れに化けてしまっているのだろうか、今度買い物に行った時にしっかり見てみよう。

 お久しぶりというか元旦ぶりですね。

 時間が経つのが異常に早く感じます。

 ブログをすっかり忘れていたわけではないのですが、子供も家から出ていき家族もぐっと減ったなか買い物や仕事以外に外に出ることが少なくなったので書くことも段々減ってきたのも要因かなと。

 ツイッターの方は呟いていますがこちらは極力ネガティブな事を呟かないようにしています。

 ブログだから備忘録として深く突っ込んだ事も書きますがツイッターそれをすると後々面倒なことになるのが目に見えていたりするので迂闊な事は書けませんね。

 あと私はテレビは見ないので世間の情報源と言えばWebから色々と得ることが多くツイッターは新聞社などのアカウントがあり情報を得るのには都合が良いというのもあります。もっともツイッターに書かれた事を鵜呑みにすると大変な事になるので裏付けで色々と調べたりはします。

 

 身近な事でいえば義父の認知症が最近ひどくなって週に1~2回は行方不明になる状態で義母も大変なため妻が実家に帰る事が多くなってきています。

 妻が実家に帰っている間は私は家の事をしたりしていますが、それでも妻の負担も増えてきている事も考えると今後の対応をどうするかを決める時期に来ているのではないかなと思います。

 

 ブログの方はボチボチ再開しようかなと思っていますが、すぐに更新が止まりそうな気もします(苦笑)。色々とブログで書きたいこともあるのですが、ブログは長い文章が多くだからこそ読みやすさを考えると時間がかかるので時間が取れる時に書こうかなと思います。

 そういえば携帯にもアプリを入れたんだけど直ぐに携帯に登録してあるログインIDとかパスワードとかが消えてしまい&忘れてしまうので携帯であまり見れないのもブログ離れの原因かな。

 とりあえず携帯からログインできるようにしなければいけませんね。

 

 そして今日は母の日。

 妻は義母に会いに実家に帰っているので私は家で夕飯を作って帰ってくるのを待つことにします。