ケイゾーのブログ

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6/16/19 11時30分〜20時55分 78Km
道路脇でテント泊

ザンジャーン(Zanjan)を出て緩やかに登り最高点1800m(16時50分頃)から緩やかに下り1700mくらいの道路脇でテントにする

もう数Km走るとホテルがあるが、無理をせず
夜間走行はなるべくしたくないのでテントにする

テントを張るが、何かとおせっかいを焼いてくるイラン人に少し閉口する

この日の朝、Zanjanで両替をする
1$=128000リアルで両替

早目の昼食を町で摂る
キャーバーブ(ケバブ)を注文する
両替が出来る場所を教えてくれた人がやって来て
彼が俺が出すよ!
と言ってレストランの勘定を済ます

奢ってくれた人とその仲間

メロンが安い
小ぶりのメロンを買う
甘くて旨い
ボラれなかった
何と20円だった


木陰で休む
連日30℃越えである
陰がないので、木を探しながら走る


時にはこんな道を走る
こんな道の方が木陰がある

今日の最高地点
1800m

ロバに乗る羊飼い

満月

満月とモスクは何故か合う

道路脇でテント

Saeen Qalehという所でテイクアウトした
190000リアル(1ドル128000リアルなので180円くらいか)
量が多いので、朝飯用に残しておこう

今日はボラれないし、ご馳走にもなった

運が向いて来たようだ


6/17/19  9時~18時50分 98Km
マホメットの家に泊めてもらう




道路脇にこんなモニュメントが現れる
軍事政権を象徴している

穀倉庫だろうか?

近くに寄って撮ってみる
ホメイニ師だ

エグバーリーはもうそこだ
今日は余裕でカズビーン(Qazbin)に着けるだろう
少し昼寝をしたくなった

この先の右側に林を見つけたので、幹線道路を右に抜けて草地に寝っ転がる
陰になっていて気持ちがいい

スマホを見ながら泊まる宿を調べていたら、向こうの方に少年3人が見えた
どうもこちらに向かって来るようだ

また面倒くさい質問されるのでは?
と思った

寝とこう!

スマホをヘルメットに入れ、目をつむる

寝落ちしたようだった

どうも少年らも行ったようなので、さてと目を覚ます

スマホに手を伸ばす

あれ〜、ない?

周りを探すがない

アイツラか?

飛び起き、行ったであろう方向に走る

誰一人いない

茫然

自転車で町に向かう

途中車の修理工場を見つけて、警察の場所聞く(ポリス、ポリスと連呼したら解ってくれた)

遠くないようだ


そしてここに着く(写真は後日撮ったもの)
警察署である
町の大きさにしては大きい
でも誰一人英語が出来ない
お巡りさんが何十人もいるのに全く話せない
でも私が盗難に遭ったのは解っている

1時間か2時間待ったろうか?
一人の青年が現れた

流暢な英語でどうしたか?
と尋ねて来る

彼が親身になって対応してくれた

結局今晩は彼(彼の名はマホメット)の家に泊めてもらうことになる

スマホが失くなると、いかにスマホに頼った旅をしていたかわかる

スマホを取り戻すと警察官が言っていたが

果たして可能だろうか?

幸運不運が2〜3日でくり返された

とにかく疲れた

心配しても、心労しか返ってこない

これはこれで旅の一部でもある
と自分に言い聞かす

明日彼マホメットと行動することになった


つづく




6/14/19 Zanjanへ向かう途中「水田」作業風景を撮る


6/14/19 9時45分〜20時55分 82Km  空き地にテント泊

6/14 朝

川っペリでテント


テント場から撮る


イランでも水田

田植え風景、イランに親近感を感じる


田植えを撮る


すごい迫力
ディーゼル車が引っ張る長い貨車


いつの時代の物だろう?
すごい景観だ!



今日の遅い昼食(17時頃)キャバーブとライスで650000リアルだと言う

ボラれることが多いので、先ず厨房に入り幾らか? と聞くことにしていた
通常の4倍近くの料金だ!

手を挙げて、じゃ〜いいよ!
と合図をして出て行こうとした時、

オーナー風の人が、スマホを見せる (スマホ翻訳を見せ、日本語ができる仲間がいるので、少し待ってくれと表示されている)

嘘だろう!
こんな田舎で日本語ができるインテリがいるのか?

5〜10分待ったろうか、
イラン人らしき人が1人出て来た

その人は流暢な日本語で話し始めた

「私は名古屋に17年住んでいて、家庭を持っていたので日本語を覚えた。貴方にはここで食べて欲しい」と言う

私がいぶかしい顔をしているので、ちょっと待ってと言ってレストラン奥に入ってゆく

少女を連れてきた
14〜16歳くらいの明らかにイラン人と日本人のハーフと思われる可愛い娘さんだった
その娘さんが私に向かってニッコリ笑う
(PS, 投稿後自分のFBで確認したところ娘さんは小田原市住んでいると言っていたとある)

ドキッとしたが、
ここで食えない! という感情を覆すことはできなかった

彼、「私が奢るのでここで食べて下さい」
とも言った

奢られても、ここはお断りである
奢ってもらえるのなら、ここで食べるとでも思っているのか?


ここ最近何度もボラれているので辟易していた
今日買ったお米が1Kgが220000リアルもした
これもボラれただろう ?(リアルの桁が大きいので買った時気が付かず、後でやられたと思った)

その米写真を見せて彼に説明を求める
彼は、貴方の国(日本)でその価格でお米が買えますか?
と正当化するような言動で語った
私はすかさず、「日本でも安いお米だったら買えるだろう《2019時の相場》」と言って出て行こうとした時、

彼、何処で食事するの?

私、何処でもいいので違う所で食事するよと言って出た

内心果たして近くにレストランはあるのだろうか
と思いながらペダルを踏む

何と1Kmも走らないうちに反対側にレストランを発見する

腹らが減っていたので、ここで何としても食おうと思って入る

ここでも料金交渉して、注文した料理を待つ

前回のレストランの1/4の料金170000リアルで落ち着く(ペルシャ語数字で表示された物を指差して注文)





「おじさん元気?」
と日本語で声をかけてきた人がいた

ビックリして顔を上げる

日本に住んでいたあのイラン人だった


そのイラン人が店の人と何か話しているようだった

そしてイラン人はいなくなった

内心良かったと思った (あれこれイラン側の事情を聞かせられるのはシンドい)
気のせいか、サービスがよくなったような気がしてくる

ジュースとチャイが付いてきた

冷たくなったチャイ(お茶)を暖かい物に入れ替えてくれたりした

たぶん彼が、あの人は日本人だから宜しくと言ってくれたのかも?

彼自身がイランと日本の架け橋をしたかったのだろう



6/15/19  9時50分〜21時 88Km Asia Hotel (1700000 リアル)

1150m〜1650mの行程


Zanjanの標識が出てきた




昨夜炊いた飯を夜、翌朝、昼食べる
ボラれて腹を立てることに懲り懲りしていた

ロング米だが、大丈夫



レストランでアイラン(飲むヨーグルト)のみを買った時にもらう

レストランで質問攻めにあう

そのレストランを出て走っていたら、車で追いかけて来てこれをくれた


ASIA HOTEL
170000リアル(100000リアル≒9米ドル、もしかしたら桁が違うかも?)
久しぶりのホテルだ
少々予算オーバーだし、ボラれたら鬱陶しいのでもらったチップスで我慢する

けっこう大きいので、これで我慢出来た


イランは基本親日的な人が多いと思う

だが経済封鎖の影響で経済的に厳しいので、

裕福な国から来ている人から多めに取っても当然だと思っているのだろう


あの日本に17年もいたイラン人が何故娘を連れて帰国しているのか?

奥さんは?

気になってくる

娘さんは一時帰国なのか、まさか娘さんがイランを選んでイラン人になろうとしているのか?

彼の好意を受けてあのレストランで食事をしていたら、

彼らのストーリーが聞けたかも知れない


彼にとって、日本人にイランの事を嫌いになって欲しくない

と思って追いかけて来たのだろう


こういう人が大統領になれば、戦争も回避出来ただろう

に! 

と思って日記を回想している



つづく



PC:二重価格制を日本の観光地で施行する動きがみられますが、この制度は日本が経済先進国から2級国になったということだが、

私には恥ずかしい事だと思えてくる

















こんな田舎のレストランで

急ブレーキで停まった車から出て来た家族と
記念写真を撮る
6/12/19

6/12 12時30分〜21時10分 61.5Km 
ボスターナーバードの宿?70000リアル

Tabrizを出る


バザール(Bazar)近くを通って出発


タブリーズ市内



今日はよくボラれた


昼食に入ったレストランで串刺し肉とコーラ1.5Lで明らかにボラれ

次の店で、「イランはどうだ?」と聞いてくる

昼食時にボラれた食事の写真を見せて、これ幾らだと思うと言うと、店の人が去っていった


この店ではボラれなかったが、


次に入った商店で、

アイスクリームを買おうと思って店に入る

アイスの値段を聞く

相場の10倍もの値段を言ってくる

持っていたアイスを置いて、

イランは親日国ではなかったのか?

と言って出てくる





17:57
気合を入れて前進だ!


19:34

トンネル


1397mのタブリーズからこの地2043mまで登って来た

今日の最高地点2043m







車が急ブレーキで停まった
私と写真を撮りたいと言う
乗っていた子供達と写真を撮る
後で分かったことだが、Instagramがイランでも流行っている
しかしFacebookは不可である

21:19maps.meで見つけた宿

部屋は女中部屋のような2畳くらいの部屋(トイレ洗面所なし)が700000リアル(7米ドル)と食事650000リアル

食事と部屋の写真がないが、ぼられていると思った

朝食は?と聞かれるが、断る


食事中オーナーの子供らしき子が帰って来る

見た感じ貧困な家庭みたいだ

ぼってくるのもしょうがないか?

でも気分は良くない


泊まっていた食堂ではなく

翌朝近くの食堂で朝食にする

泊まった食堂の3/1の料金だった



6/13/19  11時30分〜20時25分 77.5Km ザンジャーンまで165Km地点の川っペリでテント泊

今日の登り下り、1400mスタート地点〜1878m〜1361m 

12:28 イラン鉄道を撮る



17:48
この辺りは人家も少ないが、牛はいる



20:50

テント設営


今日ケーキ屋でパン4枚とアイスクリーム2個にバクラヴァ(トルコの超甘スイーツ)5個買おうとしたら、
何と無料になる (たぶんトルコ出身だろう)


いつも良いことばかりが起きない

良いことも悪いことも交互にある

このくらいの悪いことなら厄払いと思おう

そう言えば、たしかアイスクリームを買おうとした前日6/11にサッカーアジアカップ準々決勝か準決勝(私もネットで聴いていた)があって、日本がイランを下している
それで反日になったのだろうか?


ドンマイ、ドンマイ


つづく