ケイゾーのブログ

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7/29/19 ブハラ宿出発時 10時頃


7/27/19  11時〜20時 67Km Mansur Ota Hotel 前でテント泊

先ずアルク城ゆき記念写真を撮る

アルク城で自転車を入れて撮る



サマルカンドへ出発
サマルカンド標識が出て来た

トルクメニスタンにあった歓迎門がウズベキスタンにもあった

Qizil Tepe にある「Mansur Ota」に泊まろうと来るが、
そのホテルは廃業か休館していた
どうしたものか?
その時、ホテル関係者の女性と会う
その女性にホテルの敷地にテントを張らせてもらう許可を得る

そしてテント設営
敷地内なのでフライトシートなし


ウズベキスタンにも即席ラーメンがある
晩飯にそのラーメンに日本から持ってきた鷹の爪を入れる
唐辛子好きな私は、鷹の爪を入れることで満足感を得ていた

唐辛子を持ち歩くのは、還暦からの「世界一周旅」を目すきっかけになったアフリカ旅(ナイロビ〜ケープタウン旅)からである
アフリカ生唐辛子「ピリピリ」を常時手に入れ、レストランでも持参したピリピリを注文した食事に入れていた


7/30 8時〜20時10分 61Km  Navoiy先の田んぼ脇でテント泊


今日はベッドで寝たい

Green House Hotelに行く
料金が25ドルだと言う
予算オーバー

次にGarden House Mint Hotelにゆく
12ドルと言うので、部屋を見せてもらう
大部屋でベッドが10程があって、現地人が1人寝ていた
ドミトリーでトイレが屋外である
12ドルは高いしくつろげない

Garden House Mint Hotel
ホテルの玄関



Navoiyの町を通過し
テント設営場所を探しながら走る

郊外には田畑が広がっていた
あぜ道脇にスペースがあったのでテントを張ることにする


テント内で日記等で遅くまで過ごす
写真は深夜の0時頃撮る

25時頃テントを叩き、テント越しに声が聴こえる

気にせず眠る

テント内が濡れて来たようなので、
テントを開けるとテント自体が水に浸っている😦

先ず靴を濡らさない所に置き
草履を履きテントを収納する
深夜25時頃、テントを叩いのは田畑に水を入れる合図だったのだろう



テントを畳んで出発用意をする


雨でないのに水が湧くとは誰が思うだろう
テント設営時は暗くなっていたので、想像も出来なかった

テント設営は設営地を確認すべきだと思い知った


つづく


7/29/19  アルク城前で撮る(ブラハ出発前、10:25)


7/27/19  11時30〜20時25分 64Km
Mekhtarin Hotel (ブハラ)

今までの強い向かい風が収まっていた

ウズベキスタンのバス停には大きな屋根がある
日除けがあってベンチもある
最高の休憩場所


バーがあった
食堂がないので、バーで軽食を取る

それがここ


スープを注文する
下にうどんが入っていた
正しくラグマンだった


そしてチャイが出てくる
チャイを飲んでいると、

酒に酔った年配客が語ってくる
何を言っているか判らないが、
うなずく

一度席に戻るが、また私の席に近づいてくる

また何かを言っている

困った顔していると、他の若い客が止めに入ってくれた

ここウズベキスタンもイスラム教の国であるが、飲酒への戒律が緩い

政教分離のトルコより緩いようだ

このバーのトイレ
トルクメニスタンのトイレと同じような穴を掘っただけの
トイレ
落ちないように気を付けた



18:42、「古都ブハラ」への門

イスラム•中世の要塞建築を模した横土色のプハラのアーチ門



ウズベキスタンの夕陽

空気が乾燥しているので、鮮やかである



Mekhtarin Hotelに着く

トルクメニスタンで分かれたI君からここの宿に泊まっていると連絡が来ていた


7/27 2人で彼の誕生日会をする
宿、食事、ビールも安い


大きな屋敷を宿にしている
作りは歴史と伝統を感じる


7/28  同宿連泊 自転車で散策するが距離不明


リャビ·ハウズの池に佇む樹齢数百年のクワ(マルベリー)の木
コウノトリだろうか?
クワの木に巣を作るのか

カラーン·モスクとカラーンミナレット(右側)


ポイ·カラーン複合施設の中庭


アブドゥルアジーズ·ハーン·マドラサの正面玄関(蜂の巣状の立体装飾部分)

タキ(ドーム型市場)
16世紀シルクロード全盛期に主要な交差点


城塞

裏側の城塞
堅牢な城塞




玉座


アルク城内には博物館になっている
東西交易(シルクロード)での品々が展示されている


アルク城
紀元前4世紀建てられたと伝えられている

1120年、チンギス・ハーンがブラハに侵攻する
モンゴル軍が包囲し破壊した

その後再建、改修された

私の旅はシルクロードのルートと重なっているようだ

多くの隊商や旅人が同じ道を歩いていた

次もシルクロード要衝の地「サマルカンド」へと進みます


つづく


7/27/19  ウズベキスタンのカラクルを出発


7/24/19 5時15分〜16時 36Km Qorakol Hotel (カラクルホテル)3連泊 (1泊10$前後だった)
7/25、7/26、連泊し休養

トルクメニスタン国境〜ウズベキスタン入国へ


川っペリでもう一度寝る
ウズベキスタン入国後朝二度寝する

カラクルに向かって走る
また風が行く手を阻む(樹木が風に吹かれて左に倒れている)

Olot(アラト)と言う町に着き
宿を探す

1軒見つけるが、対応してくれる人が見つからない

時間がもったいないので、先に進むことにする


次の町Qorakol(カラクル)に着く


町名のカラクルを名乗っているホテルがあった
ここだと間違いないだろう

ホテルの従業員かマネージャーがとても親切だった
何処か食事出来る所を教えてくれと言うと、
わざわざ同伴して案内してくれた

3日間ほとんど何処へゆかず、ホテルで過ごす


レストランはホテルの斜め向かいにあった
ビールも出している
価格ははっきり日記に記載してないが無茶苦茶安かった(約70〜80円未満だったと記憶)


サラダに香草がかかっていた

餃子と言うか小籠包(マントゥ゙)と骨付き羊肉

ウズベキスタンの肉の串焼き(シャシリク)

ウズベキスタンのパン
ウズベキスタンにも色んなパンがあった

ウズベキスタンではナンを「ノン『Non』」と呼ばれる
ナンは西アジア〜中央アジア〜南アジア等で広く食されている

ウズベキスタンでは、家族が兵士として出征する時壁にノンをに貼り付ける

もしそのノンが壁から落ちると不吉な予兆

その兵士が無事帰還すると、壁に貼り付けたノンを外して祝うという

いい話だろうか、いや重い話だろう



エアコンをつけて寛ぐ
出発前の部屋

ホテルのレセプション(左側)
私の部屋は入って右にあった


一緒に撮った人はレストランを案内してくれた人ではないが、出発日にレセプションを担当していた人と撮る


カラクルの町
どう言う訳か、車道は砂利道だった
舗装道路前段階なのか?
こんな道が続いていた


11時30分出発

外は暑い

40°C近くあるだろう

でも出征より随分マシである


つづく