ケイゾーのブログ

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5/24 ヴァナゾルへ向かう途中の登坂で撮る
この後Bernat君と出会う


5/24 10時30分〜14時 18Km ヴァナゾルのホステス泊(Arsego Hostel) 5000ドラム(約1150円)

登坂だが距離が短いので、スローで行く

途中スペイン・バルセロナ出身のBernat 君と出会う




若い彼とはスピードが違うので、先に行ってもらう

宿に着くとバルセロナの彼がいた

何の情報も交わしてないが、同じ宿だったとは驚いた

また同じ宿にはスイス人シニアサイクリスト3人もいた

Bernat 君が彼らが走って来た標高2000m以上にあるセヴァン湖周辺のツーリング情報を聞いていた

私も仲間に入れてもらう

オーナーはお酒好き

酒が強い

私にも飲めよ!

と言われるが、明日出発なので二日酔いではキツい😓ことになるだろう


スイス人シニアサイクリストが持っていた地図

近年紙の地図が手に入らないので、

とても貴重な代物だ

地図の写真を撮らさせてもらう


当のBernat君は首都エレバンで友人と会う約束があるので、セヴァン湖には直接向かわないと言っていたので、

正しく私のための情報になった



Googleナビで確認する



5/25 11時30分〜17時20 41Km DilijanのHotel Seno(7000ドラム、約1600円)


ここは標高1200mくらいなのでセヴァン湖最高地まで1000mの登りになる



スタートして登り始める

可愛い姉妹を発見

姉妹を見た瞬間、カメラを取り出す

可愛い〜!



山岳ルートに入って直ぐに水場を発見

旨い😋


馬が放牧

最高地点約1860m


小さな集落があった







これより下る


また姉妹

素朴で可愛い


Dilijan村上部にキャンプ場があるはずだったが、閉鎖されていた

キャンプ場近くにあるB&B に電話して宿賃を聞くと、7000ドラムだと言う


村にあるHotel Seno で宿賃を聞くと、8000ドラムと言う

上にあるB&Bは7000ドラムと言っていたが?

と言うと、7000ドラムに下がった🙌


少しでも安くしてもらって、その分食費に回せる!



今晩のベッド

シングルで7000ドラム


アルメニアのワイン

で晩酌1300ドラム(安いしイケる)



還暦から始めた旅の第3章トルコ・アナトリア縦断で登坂時に苦しんでいたが、

あの頃に比べ、体力と筋肉とも付いて、

不安は無くなったようだ

努力は伊達ではない



Hotel Seno 出発


当初首都のエレバン経由でイランに入ろうと思っていたが、湖畔沿いを走ってイランに向かうコースに変更する

アルメニアは山が多いと聞いていたので、
山岳ルートは覚悟していたが、
湖畔ルートがあるとは知らなかった!

すべては偶然である
Bernat君が同宿で、スイス人サイクリストから情報を聞いていたので、
セヴァン湖ルートを知る

たぶん彼がいなかったら、スイス人サイクリストとも挨拶だけですれ違っていただろう

これって一人旅の醍醐味だろう


つづく



ヴァナゾルへ向かう道中でベルギー人?
カップルサイクリストと出会う 
アルメニアの田舎で旅人と出会うのは、
いつになく嬉しかった!
5/23の写真

5/22  12時15分〜20時40分 48.5Km テント泊

荷物を全て付けて出発時パンク発見する
パンク修理しタイヤ交換していざ出発時、
タイヤの向きを間違えてまた荷物を下ろす
タイヤの向きを変える
何やかんやで2時間半ロスする

5/22 ジョージア最後の朝


パンク修理


ジョージアで傷薬と傷絆創膏を買う

1ラリ(約40円) 安〜!



ジョージア最後のレストラン

肉500グラムにサラダとチーズとパンで約880円


アルメニア国境へ

アルメニア入国審査はいたって簡単だった


アルメニア入国



Shnogh 村でホテル宿泊しようか?

10000ドラムと言う(約2300円以上)

私の10000ドラム紙幣を取り上げてもっとだ!

と言う

ここでは泊まれない

10000ドラムを返してもらい

先に進む



アルメニアの道は未舗装のうえ雨で速度が上がらない

距離が伸びず


ケバブ風の店で

おばさんは笑顔で売っていた

相場がわからないが、少々高いようだが?


テント泊
川ペッリでテント

5/23 8時30分〜20時50分 49.5Km 工場の横でテント泊(ヴァナゾルまで約18Km)


朝 7時52分

朝テントを撮る


8時6分、丘からのゴンドラを撮る

今は稼働してないようだ

社会主義時代の遺産か?


朝8時6分

アルメニアは山が多いので激流の川が多い


8時7分
丘の上にある建物、
よく見ると何十年も使われてないようだ
これも社会主義時代の遺産か?



丘の上に住宅が見える

あの建物も社会主義時代の物だろう


表紙の写真
同じ外国人であり同じサイクリストとの出会いにホットし嬉しくなった
(アルメニアにまだ馴染めてないようだ)



大雨があったのか?
土砂崩れで渋滞


Alaverdiの町(最初の町)
スーパーマーケットもある
ここで食料を買い込む

銀行
ATMで60000ドラムを降ろす

相変わらず道は悪い
雨でドロドロ


パンク後
パンクすると何故かパンクが続く

道路が良くなりペースが上がる





この辺りでテント泊(工場横で)

アルメニアはジョージアに比べて社会主義時代の色がまだ抜けてないように思った

トルコ人と比べてジョージア人やアルメニア人は彼らほど親切でないようだと思った

そんなことを日記に書いてある
今考えると、決して不親切ではない !
いつの間にか親切にされるのが普通になっていた
旅人は知らないうちに「自分ら旅人は良くしてもえる特権があると思っている」のだろう ?
自分も思っていた

気をつけよう!

つづく





ジョージア最後のテント
ジョージアからアルメニア国境へ向かう
お花畑でジョージア最後のテント
5/21/19


5/19/19   ムツヘタの世界遺産の大聖堂とジワリ修道院に行く


Didube バスターミナル

ここでミニバス(マルシュートカ)のチケットを買う



ムツヘタへのチケット

何と1ラリ(約40円)だった

5/19/19当時の料金で、

現在は2倍くらいすると言う

それにしても安い!





Didube駅付近のマーケット

ここでNikonレンズフィルターを探すが、

ここでは見つからず



ミニバスターミナル




ムツヘタ到着

ジョージアの古都であるムツヘタの歴史的建造物群(世界文化遺産)へゆく

先ずは、スヴェティツホヴェリ大聖堂(《命を与える柱の大聖堂》という意味)を見学




大聖堂


大聖堂中庭


中庭をぐるっと見渡す





大聖堂内

荘厳


マリアとイエス画

私もロウソクをあげる






ジワリ修道院

小高い丘の上に鎮座している


タクシーと交渉して往復15ラリ


修道院内

ジワリ修道院(《十字架の修道院》と直訳される)

ジョージア正教会の修道院 

建設は諸説あるが、西暦642年から建築されたというのが有力だそうだ


修道院から撮る

クラ川(左側)とアラグヴィ川(右側)の合流点を見下ろす


ジワリ修道院から大聖堂を撮る

大聖堂の大きな庭が見える


ムツヘタ観光後、

Square 駅に向かう
この駅付近には電化製品等の中古屋があると聞きここに来る
カメラや、
中古のスマホやPCを安く売っていた

レンズフィルター(67mm)を見つける
たしか800円もしなかったと記憶している

iPhoneも安かったので、一瞬買おうかと迷った!


5/20   宿で過ごす 旅の準備等する


磯田君が料理番をした


野尻君が私の似顔絵を描いてくれた


記念にもらう


5/21 雨後晴れ 13時30分〜20時10分 57Km  お花に囲まれてテント泊

雨でスタート遅れる

泊まっていた宿のゲート

クラ川に沿って南西に進む

黄金色に輝く教会
見た瞬間「大仏様」かと思った
「至聖三者大聖堂」2004年完成した新しい大聖堂
存在感に圧倒される

そしてクラ川を南西に進む

丘からケーブルカーが走っている
Rike公園丘からクラ川を越えて対角にある丘までケーブルカーが運転されている

この辺りは観光客に人気があるようだ

ロンドンバスが見える
けっこうな観光客が見える

この辺りから道を南に切ってアルメニア国境へ向かう

丘越えが出て来る


高原に出る

菜の花のような花が咲いていた
なかなかいい風景
走ってきた軌跡を見る

Orjonikidze村付近の空き地でテント

ジョージアワインで晩酌
いつも思うことだが、
1日をこなして最後にテントを張り、晩酌で一息つく
たまらない充実感である
宿を取ってベッドでの晩酌するのとは違う味がする
お金を節約しているだけではない意味がある
自転車旅は自力で旅ができる

できるだけ人に頼らず完結したいと思っている

少しのリスクや不便さがあるが幸福感を感じる

旅には色んな形があると思うが、
旅の仕方でその人の価値観が分かるだろう

頑固者の証であろう(笑)

つづく