(抜粋)
日本は的確な戦略と幸運によって絶望的な防衛戦を戦い抜くことに成功した。実際それは「経済戦争史」に残るほど見事なものだったと言える。

内外から絶体絶命の危機に瀕する中、日本は一つの巧みな経済戦術を立案する。それは「傾斜生産方式」と呼ばれる次のようなアイデアのものだった。それはまず、国内からかき集めたごく僅かな重油を、一旦すべて鉄鋼生産のために集中的に振り向ける。そして生産した鉄鋼を、今度は石炭増産のためにすべて振り向け、そして産出した石炭を再び鉄鋼に振り向け、鉄鋼部門と石炭部門の間で相互に生産物を往復させながら双方を拡大していく。

そして産業の基本となるエネルギーと鉄鋼の基盤を作り上げ、それが安定した時点ではじめて、それらを他の産業にも分けていく。こういう資源の重点集中投入戦術が傾斜生産方式というものである。これは見事な成功をおさめて経済復興の原動力となり、冷戦終結直後のロシアのエリツィン政権下で経済立て直しの手段として注目されたことがあるほどである。

しかしこの場合、鉄鋼部門と石炭部門の間で生産物を往復させている期間というのは、いわば利益や経済論理など度外視して、国のエネルギーや資源の基盤を蘇生させることに専念するわけだから、当然そのための資材を買い集めたり給料を払ったりするにも、売上げ金など一切当てにできず、それは結局政府が出すしかない。そのためただでさえ国庫が空っぽの政府がその資金を供給するため、「復興金融金庫」と呼ばれる特別組織が設立されて、経済復興に絶対必要な産業に対して資金援助を行なっていった。

しかしながらその肝心の資金をどうやって作るかといえば、とにかく金がどこにもないのだから、最後の手段としての紙幣増発という禁じ手に頼る以外ない。そのためこの時期には、日銀の建物の中庭から紙幣を満載した軍用トラックが次々に外へ出ていく様を、日銀の人間が歯ぎしりしながら見ていたとのことである。

「通貨の番人」をもって自ら任じる日銀にとってはインフレ阻止こそその第一の任務であるにもかかわらず、これでは自分のところから国中にインフレをまき散らしているに等しい。実際この紙幣乱発によって国中が凄まじいインフレに見舞われ、一見したところ例の第一次大戦後のドイツに似たことになったが、ただ異なるのは、これがもっぱら経済蘇生のための軍資金に有効に使われていて、無駄な賠償金のために空しく消えていったわけではなかったことである。

(今回は連合国側に学習効果があって、前回の愚行を繰り返すまいという意志があったことは、日本にとって幸運だった。)

そしてまた、このインフレは耐乏生活を強いられる庶民にとっては災厄以外の何物でもない一方で、復興のサバイバル戦を行なう産業界にとっては救いの贈り物であるという点で、インフレそのものがもつ二面性をどの例より雄弁に語っている。このジレンマの中、前者を一時的に犠牲にして後者を救う選択が行われたわけだが、国全体としてみればまさにそれは正しい選択であったと言える。


(コメント)
「傾斜生産方式」と呼ばれる政策は頭では理解できるけど実際実行に移すのは相当勇気いりそう。軌道にのったとき嬉しかっただろうな。反対に言うとそれだけ排水の陣だったのだろう。
経済の拡大が紙幣を後追いで大量製さんさせるのでなく、経済が拡大することを見込んで紙幣を先手で発行するというもの。経済が必ず拡大するという強い意思を持った人でないとなかなかできない勇気ある政策だよなぁ。
(抜粋)
インフレの場合を振り返ると、純粋な理屈からすれば物価が上がったとしても、会社でもらう給料もそれに比例して上がるのだから、両者がぴったり歩調を合わせて上昇する限り、本来なら実質的には誰も影響を受けず、損をする人も得をする人もいないはずだった。しかし実際には時間的なずれがあって、そのために損得を被る層が分かれていたわけである。

理屈からすると企業の側がこの斜線部分を損失の形で負担することになる。それは企業の経営者の立場になるとよくわかり、大抵の場合、モノが売れなくなった時にはまず自分の側が商品の値下げをしなければならない。

そして従業員の賃金カットはその後で行われるので、どうしても1ストローク遅れる格好で斜線部分が損失となり、このメカニズムが企業の活動に深刻な影響を及ぼすことになるわけである。

社会全体で「買い控えが有利になる」という構図を生んでしまうことで、当然ながらこういう状況では誰も彼もが買い控えに走って、社会全体で消費を冷え込ませてしまうことになる。そうなればこのような物価と賃金の下落の悪循環をさらに加速させて、企業にとってはダブルパンチでその活動の低迷に拍車をかけ、最終的には社会をどんどん貧しくさせてしまう。

そのため長い目で見れば得をする人間は誰もいないとも言えるのであり、その意味でインフレよりも遥かに恐ろしいのである。ただしこの構図のために、大衆消費者の側からするとデフレの被害は1テンポ遅れて出てくるため、痛みが即座には感じられにくい傾向があることには注意する必要があるだろう。そのため不満の声は最初は小さいのだが、長期的に深刻に忍び寄ってくるという点では、デフレの方が遥かに恐ろしいわけである。

(コメント)
インフレの逆。
買い控えが有利になるというのは、もちろん余裕のある人の話だが、余裕のない人にとっては願ったり適ったりのはず。
本当に必要なものなら買い控えはしないわけで、今なくても困らない製品を製造している人にとっては困るのだろう。
デフレは経済規模が収束するわけだから、発展希望の資本主義には悪影響。
ただ、本当に人間が必要なものってなんだっていう観点だとおもしろいことが起こりそう。
(抜粋)
緩やかなインフレにはサンドイッチの真ん中に位置する企業家層を元気づける効果があることになり、そのことを重視したケインズ一派に対しては、時に「インフレを肯定する連中」のレッテルが貼られて非難の対象になることもある。実際それは全くの嘘というわけではなく、政策当局がケインズの影響を受けている時には、それを経済成長の有効な手段と考えて、しばしば確信犯的に経済を軽いインフレ状態に持っていこうとすることがある。

これらを見ていると、前記の3つの階層の経済的利害がこの場合にもほぼ同様の形で再現されていることがわかるだろう。そしてこの場合言うまでもなく、燃料弾薬が過剰に供給されてだぶついている状態が、貨幣が過剰に供給されているインフレ状態に相当する。

そのため政策当局の立場から見たとき、もしその政策が当面一般庶民の生活面のみを考え、どちらが勝とうととにかく内戦を沈静化させて「民家が炎上しない」状態にしようと思ったならば、その最も確実な方法は、町に入る鉄道を封鎖して貨車を停止させ、町中への燃料弾薬の流入を断ってしまうことである。

とにかく外からの鉄道という鉄道が止まってしまうというのだから、町中では餓死者も出るかもしれないが、それでもしばらくすれば砲声が止むことは間違いない。何にせよ「デフレ餓死者」が出ても「民家炎上インフレ」を抑え込むというのがこの場合の経済政策の主眼であり、そしてその政策の中心が鉄道輸送の強制的停止すなわち「金融引締め」という、新聞の経済欄でしばしばお目にかかる手段だということになる。


(コメント)
経済成長にとってはインフレはよくて、もちろん企業家有利に働く。
経済成長で企業家有利に働いた代償として誰が被害こうむるかというと資産家と労働者ということ。
経済成長で私たちの生活は豊かになりましたとよくアナウンスされているが、あれは何なんだろうな。。