君と僕の物語(第五話) | 若宮桂のブログ・空と海がぶつかる場所
寒い。

引っ越したとき家から持ってきた、ちいさい赤いストーブはフル稼働です。

こんな寒い日にこの赤いストーブにあたっていると、あいつ元気でやってるかな、なんて、思い出します。




今は福岡市の早良区に住む若宮。
生まれたのは中央区だったけど、その後すぐ家族は父の父、つまり爺ちゃん婆ちゃんの家がある博多区に引っ越した。
しかし近所に同年代の子供がいなかったらしく、妹もまだ生まれていなかったので、いつもひとりで遊んでいた記憶しかない。
いとこの女の子が家へ遊びに来た日、その日のことだけ鮮やかに、思い出せる。楽しかったのだろう。

近所の国道3号線を走る車をいつも見ていた。
子供の頃は、車が大好きだった。

スーパーカーブーム直撃世代でもあり、ある種異様に車好きだった私。車は買いたかった。
しかし成人してからというもの、明日のことより今日をどう乗り切るかが悩みのタネなほどの苦しい日々。
それは今もあまり変わらない。

一度だけ、30代になってから車を買おうと思ったことがある。
2004年6月。運転免許を取りマイカーを手にする計画をサンダーバード作戦と名づけ、薄給を貯めに貯めて自動車学校に入校した私は、それなりに働き乍らで苦労はあったもののなんとか2段階までこぎつけた。
自分の暮らし向きを考えると、おそらく最初で最後のマイカーになるだろう。これはと思う1台を心に決め、次の休みの日にカーショップへ下見に行こうと思った。

そんな11月のある日、当時住んでいた家の向かいに住んでいるおばさんが尋ねてきた。出ると、猫が階段の途中にいるので外に連れ出してほしい、と云う。
猫嫌いなのか…その黒猫を抱っこしてみると、前足が折れているのがすぐに分かった。少し離れたところから、足が折れてるみたいですよ、とおばさんが云う。
どうやら、やっかいものの黒猫を私に押しつけたかったようだ、このおばさんは。

黒猫を引き取った私は、翌日病院に入院させた。12月になると、黒猫は元気に戻ってきた。足が折れていたのと、ビターチョコレートみたいな色だったので、ポッキーととりあえず名づけた。
四畳半の寒い部屋に赤いストーブを置き、里親が見つかるまで暮らすことになった。
他の部屋やベランダはもともと家に居ためっしゅクン(第三話で紹介)の居場所だ。年老いた飼い猫のストレスを少しでも減らす為に、部屋を完全に分けた。

若い雌の黒猫は食欲旺盛で、よく遊びたがった。
年老いた雄の飼い猫は食が細く、いろいろと苦労して食事を与えた。
職場の工場で働き乍ら、自動車学校、動物病院に行き、里親探しをして、2匹の猫を別々の部屋で育てる。睡眠時間3時間なんてザラだった。
だが、何とか12月中に自動車学校を卒業し、運転免許を取得できた。

ネットオークションで落札したメガドライブのRPG「サージングオーラ」を部屋のモニターに映し、ポッキーをあやし乍ら、ずっとプレイしていた。
サージングオーラのラスボスまでようやくたどり着いた翌2005年1月のある日、黒猫の元の飼い主と里親希望者が見つかった。
この黒猫は、外に出ていたところを近所の何匹かの猫と共に何者かに連れ去られたらしい、ということだった。他の猫は行方不明。
元の飼い主の希望もあり、新しい里親希望者の元に黒猫は行くことになった。
春日市の里親希望者のところへ、タクシーで連れて行った。私の部屋より何倍も広くて遙かに暖かい家だった。

運転免許は取得したものの、黒猫の骨折治療費、虚勢手術費、そして年を取り病気がちだっためっしゅクンの治療費等で、車の頭金はすべて使い果たしてしまった。


ポッキーを里親に出して暫くして、郵便局であのおばさんに合った。
あの黒猫はどうなった? と訊いてきた。簡単にいきさつを説明した。

おばさんは「捨てとけばよかったじゃないですか」と云った。

その後、なんと返答したか憶えていない。

たゞそれ以来、口をきかなくなった。

結婚していて孫もいる。
生きるということ、死ぬということ、愛情やぬくもり。子の手本になるべき、母なる人間が、こんなものである。




お気に入りの場所 軒下の冷たいコンクリート
夜は星見上げ君と過ごした日々 思い出す

人見知りの僕 誰からも愛される君
対照的だけど いつもどこでも一緒だった

ある日、君がいなくなった みんな心配をしていた
どこへ行ってしまったの? なにも言わずに

君を探した 昼寝をした屋根の上 塀を越えた抜け道
君はいなくなった 僕をひとり、残して

お気に入りの場所 ママのひざの上 温かいな
心地いい眠気が 夢の世界へ連れてゆく

あの頃みたいに 駆け回ったりもできるんだ
君と競争した あの路地や森への迷路

目を覚ますとそこに 君はいるはずもなく
どこへ行ってしまったの?なにも言わずに

君を探した かくれんぼした草むらも 大きな駐車場も
僕は年をとった 君を、探し続けて

目も耳も悪くなって 身体も思うように動かない
君が帰ってきたら したいことが沢山あるのに

君を探した 昼寝をした屋根の上 塀を越えた抜け道
君はいなくなった 僕をひとり、残して

君を探した かくれんぼした草むらも 大きな駐車場も
僕は年をとった 君を、探し続けて

君を探した 戻らない日々の面影 薄れる君の記憶
僕は年をとった 君を想い続けて

僕は今も探してる

君の姿探してる

作詞作曲、吉崎硝子。「君と僕の物語」より。




引っ越した家の、自分の部屋もやっぱり四畳半。
ちいさい赤いストーブはフル稼働。
そして、あの日プレイしていたサージングオーラは、今もラスボスの手前でセーブしたまゝ。

あの後、我が飼い猫も病気(腎臓病)が悪化し、同年9月に亡くなった。
あのおばさんも、その後癌で亡くなったそうだ。
黒猫は、4人家族と先住猫さんと一緒に仲良く暮らし、前足の骨折治療で巻いていた針金も再手術で(必ずしも取らなくてもよい)取ってもらったとか。

私は、というと、たった168万円の車も買えず、子供の頃の夢は叶わなかったが、猫を1匹救ったのが自慢だ。

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吉崎硝子さんの楽曲を聴いていて思い出した、ちいさなちいさな、いのちの物語。「君と僕の物語」。この日記は不定期で連載中です。
最後までお読みくださり、ありがとうございます。