今行っている現場は、牡鹿半島の観光ホテルです。
行くまでに、峠をいくつか越えて行きます。時間にして大体一時間半かかります。
その道程は険しく、左のタイヤ二本(前と後ろ)がパンクしました。
よく釣りをしてた浜は見る影もなく、堤防は海になり、建物は損壊、人の営みが感じられず、重機と作業員だけの姿しか見えません。
奥のほうは、まだ手付かずの建物もあります。
山を登ると今度は台風の被害であちこち土砂崩れがあり、道に切り株や木そのものが転がっています。
そして崖崩れで道路が半分無くなってしまってます
そんな険しい道を進むとようやく現場にたどり着けます。
現場も地震の被害があります。
そのホテルの屋上から撮った金華山は、相変わらず綺麗でした!
何もなかったような海、島の佇み、何となくホッとしますが、これが本当の僕の知ってる海です。愛する海です。
自然には敵わない人間ですが、戦わず、敬意を払い、その雄大さを重んじて、共に自然と人と歩んでいきたいです。
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仕事上色んな方のお宅にお邪魔します。
昨日行った石巻のお宅では、日中は奥様が一人でおられました。
震災当日は、息子さんと二人でいたそうです。地震がきて、棚を押さえ、玄関に走り扉を押さえてようやく揺れがおさまり、家の中を少し片付けていると、窓の外を見ていた息子さんが、「お母さん!ダメだ、津波だ!逃げろ!」と、叫んだそうです。
お母さんはすぐ玄関に行きましたが、それよりも津波のスピードは早く、外に出られなくなりました。
「外はダメだ!上に逃げよう!」
そう言って、二階に上がったそうです。外を見ると、慌てて外に出て逃げてた人達が、狭い道路を津波で流されてたそうです。
「逃げ遅れて助かった…」そう言っていました。
今回の震災で、亡くなった方々と助かった方々を分けるものはなんなのか考えましたが、わかりません。
ただ、生きているからには、事実を伝えていかなければならないと思っています。
人は忘れる生き物です。しかし、今は記録を残す事が出来ます。映像もあります。出来る限り後世に伝える義務があると思います。
そして、二度と原発事故のようなことが無いように、国も、企業も、利益よりも人命を優先して考えて頂きたいと、心から強く、願います。
ご近所付き合いをしながら、聞いた話をこれからもブログで伝えて行きたいと思います。
昨日行った石巻のお宅では、日中は奥様が一人でおられました。
震災当日は、息子さんと二人でいたそうです。地震がきて、棚を押さえ、玄関に走り扉を押さえてようやく揺れがおさまり、家の中を少し片付けていると、窓の外を見ていた息子さんが、「お母さん!ダメだ、津波だ!逃げろ!」と、叫んだそうです。
お母さんはすぐ玄関に行きましたが、それよりも津波のスピードは早く、外に出られなくなりました。
「外はダメだ!上に逃げよう!」
そう言って、二階に上がったそうです。外を見ると、慌てて外に出て逃げてた人達が、狭い道路を津波で流されてたそうです。
「逃げ遅れて助かった…」そう言っていました。
今回の震災で、亡くなった方々と助かった方々を分けるものはなんなのか考えましたが、わかりません。
ただ、生きているからには、事実を伝えていかなければならないと思っています。
人は忘れる生き物です。しかし、今は記録を残す事が出来ます。映像もあります。出来る限り後世に伝える義務があると思います。
そして、二度と原発事故のようなことが無いように、国も、企業も、利益よりも人命を優先して考えて頂きたいと、心から強く、願います。
ご近所付き合いをしながら、聞いた話をこれからもブログで伝えて行きたいと思います。
秋を感じながら日々を過ごしています。一時の過酷さに比べると、大分穏やかな日常です。
しかし、時間が出来るということは、考える時間が増えるということです。
ライフラインが復旧し、仮設に入り、物も徐々に買えるようになってきた皆さんが言ってます。
「今になって、家族を亡くした悲しみ、家を無くした悲しみ、これから先の不安が一気に押し寄せてくる」
生きる為に必死だった頃は、その為に全力を尽くし、ある程度落ち着くことが出来るようになると、初めて現実を直視出来るようになります。
今、現地の方々は心の底で絶望感が襲っています。表面上は前向きに、復興を目指しているとテレビなどで語っている方々も、心の奥底では悲しみと闘っています。
しかし、現実を直視出来るということは、一つのきっかけになるかもしれません
僕と妻も、毎日女川の家に行って毎日泣いてました。でも現実を見て、自分達のやるべき事を見つける事ができました。
前を向くんじゃなく、横を向いて、隣の人が困っていたら手を差し延べ、自分が辛いときには手を伸ばす、そんな事がみんなで出来れば、それが本当の意味で“前を向いて歩く”ということではないでしょうか
前にも言いましたが、一人で前を向いて歩くのは恐いです。みんなで手をとり、寄り添って生きて行きたいと思います。
鈴虫の声を聞きながら、女川を想い、眠りにつきます。
しかし、時間が出来るということは、考える時間が増えるということです。
ライフラインが復旧し、仮設に入り、物も徐々に買えるようになってきた皆さんが言ってます。
「今になって、家族を亡くした悲しみ、家を無くした悲しみ、これから先の不安が一気に押し寄せてくる」
生きる為に必死だった頃は、その為に全力を尽くし、ある程度落ち着くことが出来るようになると、初めて現実を直視出来るようになります。
今、現地の方々は心の底で絶望感が襲っています。表面上は前向きに、復興を目指しているとテレビなどで語っている方々も、心の奥底では悲しみと闘っています。
しかし、現実を直視出来るということは、一つのきっかけになるかもしれません
僕と妻も、毎日女川の家に行って毎日泣いてました。でも現実を見て、自分達のやるべき事を見つける事ができました。
前を向くんじゃなく、横を向いて、隣の人が困っていたら手を差し延べ、自分が辛いときには手を伸ばす、そんな事がみんなで出来れば、それが本当の意味で“前を向いて歩く”ということではないでしょうか
前にも言いましたが、一人で前を向いて歩くのは恐いです。みんなで手をとり、寄り添って生きて行きたいと思います。
鈴虫の声を聞きながら、女川を想い、眠りにつきます。



