西刀神社

(せとじんじゃ)

但馬国城崎郡

兵庫県豊岡市瀬戸字岡746

(｢城崎マリンワールド｣有料駐車場700円利用)

■延喜式神名帳

西刀神社の比定社

■旧社格

村社

■祭神

【社頭案内】

稲背脛命(イナセハギノミコト)

[相殿] 西刀宿祢命

【兵庫県神社庁】

西刀宿祢命

[配祀] 稲背脛命

豊岡市の北端、レジャー施設｢城崎マリンワールド｣の2ヶ所に分かれる駐車場の間に鎮座。当社境内を避けるよう分けたかと思います。

◎創建由緒は｢国司文書但馬故事記｣という書に詳細が記されています。

━━人皇十七代仁徳天皇秋八月、水先主命の子、海部直命(アマベノアタヘノミコト)を以て城崎郡司兼海部直と為す。海部直は諸田の水害を憂い、御子の西刀宿祢命に命じ西戸水門(せとのみなと)を浚渫さす。故御田がたわわなる功有ると云う。海部直は水先主命を深坂丘に葬る(式内深坂神社)。人皇十八代履中天皇は、海部直命の子、西刀宿祢命を以て城崎郡司と為す。西刀宿祢命は海部直命を気比丘に葬る。海部直命は在世中、仁政多く有りき。故農人・海人等は父母を失った如く哀泣す。果てに相謀り、国司に請い祠を建て、これを祀る。海神社是れなり(絹巻神社)。人皇二十二代(異説あり)雄略天皇の二年秋八月、西刀宿祢の子、桃嶋宿祢を以て城崎郡司と為す。桃嶋宿祢は西刀宿祢を瀬戸に葬る。西刀宿祢は一に阿刀宿祢と云う━━

＊この書は古史古伝とされ信憑性に欠けるもの。とはいえそもそも但馬国・丹後国には正確な拠り所となる資料を欠いています。

◎西刀宿祢命は海部直命の子とあります。海部直命については不明な点が多く、そもそも｢直｣というのは｢姓｣であり、名に付くのは類例もなく、創作された名ではないかという思いも。
伝承の多さからそのモデルとなる人物(神)は実在したのであろうと思う次第。丹後の籠神社の社家である海部氏とは、おそらく天火明命を祖神と謳う同族かと思われます。

実態は海神(ワタツミノカミ)を始祖とする海人族であろうかと。但馬国は丹後海部氏が当初に拠点としていた丹後国熊野郡と隣接していたことからも、丹後海部氏とは同族であったことが窺えます(詳細は →絹巻神社の記事にて)。

文末に｢西刀宿祢は一に阿刀宿祢と云う｣とありますが、これは阿刀宿祢氏を持ち出してきたのではないかと疑う次第。阿刀宿祢氏は饒速日命の孫である味饒田命(ウマシニギタノミコト)を祖とする物部系の氏族。畿内各地に拠点を広げたようです。

物部氏は筑紫から出雲、但馬、丹後、丹波を経て大和へ。但馬では物部韓国連命を祀る韓國神社が南方に鎮座します。物部氏が、天火明命という天孫を始祖と謳う海部氏に目を付け同族とみなし、饒速日命を天火明命と同神としたのが一連の経緯でしょうか。

◎御祭神にあげられる稲背脛命は、紀に於いては、国譲りを迫られた大國主命が美保崎にいた事代主神の元へ伺いに遣わされた神。一方で記には天鳥船神の名で同内容で記されており、同神とみることもできようかと思います。

◎稲背脛命の名で祀られるのは他に、出雲国出雲郡の伊那西波岐神社(出雲大社境外社)を始めとして、但馬国城崎郡(現在の竹野町竹野)の鷹野神社、科野国諏方郡(現在の諏訪市)の先宮神社。

うち伊那西波岐神社は俗伝として、稲背脛命は｢素盞嗚尊の妾｣であると伝えています。また先宮神社は主祭神が高照比賣命であり、別名を稲背脛命であるとしています。

高照比賣命は、国譲りの際に逃げ延びて諏訪の神となった事代主神や建御名方命の姉神とされます。姉神が国譲り(征服)を迫る使者として、弟神たちの元へ向かうなどということが有り得るのでしょうか。

これらの伝承は俄には信じ難く、鵜呑みにはできないものの、その可能性は容易に断じ得ないものかと。然るに稲背脛命について言及はしかねるといったところ。

◎当社社頭案内に於いては、｢(稲背脛命が) 事代主神に会見し、国譲りの諾否(いなせ)を求められた｣としています。

紀の登場シーンは、事代主神が出雲の美保崎で釣りを楽しんでいた、或いは鳥を射ちに行っていたとも。そこに熊野の諸手船(もろたふね)に稲背脛を乗せてやった。そして高皇産霊尊の仰せを事代主神に伝えその返事を尋ねた…と。ここで稲背脛に対して宇治谷猛氏は｢日本書紀全現代語訳｣に於いて、｢諾否(いなせ)を問う足｣という註釈を附しています。これは甚だ卓出なものかと感じる次第。社頭案内はこれを承けたものと思われます。

◎この神が祀られる所以には言及されていません。｢長途の旅を健脚に托し勲功を…稲背脛命の御神名がある。国譲りのため長途の旅路を陸路、海路共に安全且つ速かに目的を果されたので、陸上・海上の交通安全、同胞一和の守護神として…｣と、難解な突破口を地理的条件に委ねたかのようなもの。

これについては出雲に所縁の海部氏が、かつて伊那西波岐神社で何らかの奉斎に関わっていたのではないかという想像をしてみたりも。

◎嘉祥四年(850年)に正六位上の神階授与、延長五年(927年)には｢神名帳｣に｢(式内)小社｣と記載。

以降は文献上には様子が見えず、降って江戸期には手石船に依る北前船の基地として隆昌を極め、古文書に｢西刀神社守護神｣を千石船に祀り安全航海を成した事も記されており、当時から海上航行安全の神として尊崇されていたとのこと。また｢三宝荒神宮｣｢式三宝社｣と称されていた時期もあると伝わります。

明治六年に村社に列格、現在に至るようです。

◎絹巻神社

＊写真は2019年11月と2025年5月撮影のものとが混在しています。

西刀神社 (改訂)