御殿山神社
河内国交野郡
大阪府枚方市渚本町12-55
(南側からアクセスし鳥居前に駐車スペース有り)
■祭神
八幡大神
稲荷大神
貴船大神
「淀川」東岸畔、「御殿山」と称される小山状の丘陵頂に鎮座する社。
◎当地一帯は、惟喬親王(コレタカシンノウ)所縁の地として知られます。
惟喬親王は第55代文徳天皇の第一皇子でありながら、藤原氏の血を引く第4皇子 惟仁親王が皇位継承者に(清和天皇として即位)。惟喬親王は皇位を継承できなかった悲運の皇子であったとされます。
◎この一帯は「交野ヶ原」と称され、惟喬親王の別墅(しもやしき)「渚院」がありました。親王は狩猟と歌詠みに明け暮れていたと言われています。当社鎮座地にみえる「渚」がその面影を残します(北隣の「渚元町」に「渚院跡」あり)。また南隣は狩猟場の「禁野(しめの)」が想定される「禁野本町(きんやほんまち)」。
◎別墅「渚院」から当地までは200m足らず。惟喬親王は「御殿山」に亭射を設けたことからの山名であるとも伝わります。狩猟は神事でもあり、この地を神聖視していた可能性も。
◎その「渚院」は親王が小野(「比叡山」山麓)へ幽棲してからは荒廃、後世に精舎に造り改め観音寺としたようです。
この仏教施設の北側に隣接して栗倉神社の御旅所があったとのこと。この社に元和二年(1616年)に新たに八幡大神を勧請し、「小倉村」「渚村」の産土神とし八幡宮と称したと。ところが「渚村」に独立した産土神をということになり、御旅所にこちらも八幡大神を勧請し、西栗倉神社を創建。当社はこの西栗倉神社から遷宮された社であるとのこと。








