潮御崎神社


紀伊国牟婁郡
和歌山県東牟婁郡串本町潮岬2878
(「潮岬灯台」観光駐車場利用、500円)

■旧社格
村社

■祭神
少彦名命
[配祀] 金山彦命 高皇産霊神 天照大神 大国主命 猿田彦命


本州の最南端、「潮岬(しおのみさき)」の海際に鎮座する社。
◎かつては東は「津荷村」から西は「周参見浦」までの18ヶ村の総産土神であったとされる、紀伊国南部屈指の大社。東西30km近くはあるでしょうか。主に漁師たちの拠り所であったことと思われます。
◎景行天皇二十八年、御崎の「静之窟」に少彦名命を祀ったことを創祀とします。紀に「其の後 熊野の御碕に行き至り 遂に常世郷に適でましぬ」とあります。
「静の窟」は現存しているらしく、当社より海辺へ薮を掻き分け下った先にあるようです(現地未確認)。「熊野」については、出雲国「熊野」なのか紀伊国「熊野」なのか、いずれにも伝承があります。当社が鎮座する半島の西側は「潮岬」ですが、東側は「出雲」という地名。
◎遷座は計3度行われたと伝わります。「静之窟」から現社地「静之峯」へ、次に「潮見の端」へ、さらにまた現社地へ。
「潮見の端」へは貞観十七年(871年)、二度目の現社地へは明治二年のこと。一度目の現社地への遷座は時期不明。「潮見の端」とは現在灯台が立つところ。最初の現社地への遷座時期は分かっていません。
◎半島の付け根にあたるところに潮崎本之宮神社が鎮座しています。こちらは式内社 海神社三座の論社であるだけでなく、御崎明神の旧社地であるとする伝承があります。「紀伊続風土記」にもその旨の記述あり。
そちらの神主はご祭神は三座で住吉三神であるが、本来は御崎明神(少彦名命)、住吉三所、熊野三所の三座であろうとしています。
◎境内には仁徳天皇皇后 磐之媛が酒宴を行うために採りに訪れたという、「御綱柏(みつながしわ)」が植えられています。これは紀に記されるもので、白河天皇の和歌にも登場しています。
紀には形状が記されていないため、どの樹木を指すのか諸説あるようです。



「潮岬灯台」






「御綱柏」



金山彦命を祀る境内社。

北東300mほどの海岸から。写真中央左に小さく「潮岬灯台」が見えます。その辺りが「静之峯」。

参道より眼下を。この辺りのどこかに「静之窟」があるようです。