☆西乗鞍古墳


大和国山邊郡
奈良県天理市杣之内町字乗鞍
(100mほど東に無料観光駐車場有り)


■形状
前方後円墳 (周濠有り)
■全長
118m (周濠を含むと165m)
■築造時期
5世紀末(資料により6世紀前半とも)
■埋葬施設
(推定)横穴式石室
■出土品
大量の埴輪片(円筒・朝顔型・人物等)、須恵器片など
■周辺の状況
大和盆地の東山麓(「龍王山系」の西麓の丘陵を利用して築造)
石上神宮から南南西1km余り
「杣之内古墳群」の一。北には「石上・豊田古墳群」、南には「大和古墳群」。
■被葬者
物部氏の首長級墓ではないかと考えられる


「天理環状線(県道51号線)」沿いの古墳。
「杣之内古墳群」に属し、西山古墳(記事未作成)とともに国史指定されています。他に小墓古墳(未確認)や東乗鞍古墳(後ほど記事UPします)などがあります。

昔に訪れた時は私有地だったからか、立入禁止となっていたように思います。いつの間にか国史認定されて公開に。
ようやく公開となったのに、石室等の調査は行われないのでしょうか。

築造は5世紀末頃(資料により6世紀前半とも)であると推定、場所から考えて物部氏の首長級墓ではないかと。

仮に首長であったとすると、
・物部布都久留(以下姓省略)
・木蓮子(イタビ)
・小事(オゴト)
・麻佐良
・宅媛(ヤカヒメ)
・麁鹿火(アラカヒ)
・目
・荒山
・尾輿
時代を鑑みてこの辺りになるのでしょうか。さらなる発掘調査が待たれます。

「杣之内古墳群」は石上神宮より南側一帯に広がる古墳群。Wikiなどには主な古墳として10基に満たない数が挙げられていますが、実数はまったくもって不明。
長い歴史のうちに掘削、消失しているものが多く、また近年は天理大学のグラウンドが施設されたり、民有地として墳丘を利用し柿畑になっているものも。


後円側より。






前方部の墳丘。