渡會國御神社 (豊受大神宮摂社)
伊勢国度会郡
◎豊受大神が遷座されてきて鎮まる前から、当地に鎮まっていた地主神とされます。一般に外宮の創建は雄略天皇二十二年とされますが、実際の創建年代は飛鳥時代の天武・持統朝頃と推定。それまで当地にて祀られていた、渡会氏(当時はまだ磯部氏であり奈良時代に改姓)の氏神が当社。天武・持統朝が強圧的に中央集権国家体制を押し進めていくなかで犠牲となった、最たるものと言えるかもしれません。
◎ご祭神の彦國見賀岐建與束命とは、渡会氏の始祖である天日別命の御子神。天日別命は神武東征に随伴し、当地に住んでいた弥豆佐々良比売命と結ばれ彦國見賀岐建與束命をもうけます。そして漁民である磯部たちが居住する当地を支配することになりました。天日別命という神名から「日祀り」を行っていた氏族であろうと想像されます。後に支配下であった荒木田氏が朝廷に取り付き台頭、皇大神宮の司祭者となり、渡会氏は豊受大神宮の司祭者にと追いやられてしまいました。
◎ご祭神については(伊勢の)大國魂神とするなど諸説ありますが、概ね渡会氏の祖神あるいは地主神といった系統の神が挙げられています。
※写真は2018年6月撮影のものです。