(宇良神社ご本殿)





【大意】
(ついに亀比売と別れ、「玉匣」を授けられ目を閉じさせられた)たちまち筒川の郷に着いた。村中を巡るが人と物は移り変わってしまっており、ゆかり人もまったく見当たらない。
村人に「水江浦島子の家の者は今何処にいるのか」と問うた。村人は「あなたは何処の人なのか、昔の人を問うとは。私が聞いた話では、古老の言い伝えでは昔、水江浦島子という者がいたらしい。独りで海に釣りに出て帰って来なかった。それから三百余年が経つが、今どうしてそれを問うのか」と答えた。

つまり亀比売を棄て故郷を懐かしむ心が起きて、故郷を巡るも一人の親しき人にも出会えず、既に十日が過ぎた。
そして玉匣を撫でて神女のことを思い出そうとした。島子は娘から伝えられたことを忘れ、玉匣を開けてしまう。すると若々しい体は風雲に率いられ蒼天に翔んでいってしまった。

島子は約束を守らなかったためにもう会うことができなくなったことを悟り、首をもたげて涙を流しながら歩き廻った。そして涙を拭き歌った。「常世(亀比売のいるところ)の辺りに雲が広がっているのは、水江浦島子の言葉(思い)を運んでくれているのだろう」

神女(亀比売)は遥か遠くに美しい声色を飛ばせて歌った。「大和の辺りに風が吹き上げて雲が離ればなれになって退くように貴方と離れていても、私を忘れないでほしい」

島子は恋する気持ちに勝てずさらに歌った。「あの子(亀比売)が恋しく眠れず、朝になり戸を開けて佇んで居ると、常世の浜の波音が聞こえてきそうだ」

後の時代の人が追加した歌。
「水江浦島子が玉匣を開けなければまた会えたものを」
「常世の辺りに雲が立ち渡る、気が弛み心惑いした私は悲しいことだ」


《完》


【補足】
歌の二首目に唐突に「大和」が出てきていますが、これは記の仁徳天皇の条にある黒比売が天皇に対して歌ったものを受けた歌かと思います。「大和へに 西風吹き上げて 雲離れ退き居りとも 我忘れめや」という歌。明らかに相似しています。


以上、「丹後国風土記」逸文のほぼ全記述を自力で訳してみました。この試みは、この物語をしっかりと把握したいから。やはり読み下しただけよりも理解は深まりました。
それ故に細部においては、少々勉強不足が露呈しているかと思います。ご理解頂けるとさいわいです。