紫香楽宮跡 内裏野地区


近江国甲賀郡
滋賀県甲賀市信楽町黄瀬・牧
(P有)


紫香楽宮跡は
「内裏野地区」「宮町地区」「新宮神社地区」「鍛治屋地区」など、広範囲に渡る複数の地区から構成されます。

当記事はそのうちの「内裏野地区」。
寺院跡であり、聖武天皇らしく豪奢な建造物群であったようです。
国分寺跡とする説もあるとか。

現在は露出した大量の礎石跡とともに
「紫香楽宮」という社が建てられています。

聖武天皇は、
大和の平城京から恭仁京へ遷都、次いで紫香楽に「離宮」を造営、大仏鋳造を計画。

ところが費用が不足したということで計画は頓挫、難波に遷都します。

その後、計画が再浮上し
遂に当地へ遷都(宮町地区)。

そしてかの有名な「大仏造立の詔」が出されます。

ところが天変地異などが起こり社会情勢は不安に。
結局、平城京に戻すことになり大仏もそこに造られました。


こんなところでしょうか。
すったもんだの…とはこのことか。

専門外分野なので当たり障りの無い程度に留めておきました。


そもそも「紫香楽宮」という社があるということで訪れたわけで。

寺院跡を訪れるなど屈辱この上ないことですが、
歴史の流れを把握する上でも重要な地でもありますから…。

旅行の予定にはまったく無かった「内裏野地区」ですが、
途中に必要性を感じて訪れてみました。