奈良波良神社


伊勢国度会郡
三重県度会郡玉城町宮古字矢倉833
(P無し、駐車は下部写真参照)

■延喜式神名帳
奈良波良神社の比定社

皇大神宮摂社27社中の第22位

■祭神
那良原比女命


当地の田野の守護神である那良原比女命を祀る神社であろうとされています。倭姫命の旅の苦労を慮った那良原比女命が、自身の守護地を差し出し、当社が定められたというもの。那良原比女命は当地一帯の水神であり五穀豊穣の神であった大水上命の御子神とされています。
中世には所在不明となっていたのを再興していますが、現社地に決定されたことについては大いに議論がなされており、おそらく別のところにあったものと思います。
まず当地は豊受大神宮の「宮古御園」があった地であり、そこに皇大神宮摂社が鎮座することはあり得ません。また「皇太神宮儀式帳」に記される「坐五町、四至竝大山」というのにも合致しません。さらに御巫清直は当地の字名の「矢倉戸」は、愛州氏の「櫓跡」のこととしています。 あらゆる手を尽くして調査を行った上での選定だったらしいですが。
そして実の候補地となるのが、当社から南東500mほどの丘陵にある上宮古神社(未確認)。他にも宮古山の山奥といったものもあるようです。
「宮古」を「都」と解して「奈良」との関連も考えられそうですが、「宮の子」と捉えるのが妥当なところでしょうか。


広瀬精工さんという会社の西脇にある細い道を進入、Y字型になった道の右手がこちら。この先は農耕用の畦道だったので、ここに停めて足早に参拝。