軽羽迦神社


河内国古市郡
大阪府羽曳野市軽里3-6
(P無し、社前道路も狭く路駐不可、1h無料のイズミヤPから徒歩5分余りですが…)

■祭神
天照大神
蔵王権現
熊野権現


かつてはすぐ近くの白鳥陵古墳の濠の横に祀られていた小祠。戦後に当地へ遷座させたようです。
特に日本武尊が祀られている様子はありません。蔵王権現や熊野権現は後の時代の勧請とされています。
注目すべき点はやはり「軽」でしょうか。大和国高市郡の「軽古」(橿原神宮の南)、軽樹村坐神社が鎮座します。第8代孝元天皇の軽境原宮も。現在も「大軽町」という地名が残っています。
衣通姫との近親相姦で流罪となった木梨軽皇子(衣通姫伝説)や衣通姫(軽大郎女)。また第36代孝徳天皇、第42代文武天皇は軽皇子と呼ばれていました。
「軽(刈)」は古代朝鮮語で鍛治の意味を持ち、関連も十分に考えられます。いずれにしても注意が必要な文字。
一方「羽迦」は「波波迦の木」を連想させます。天香山の波波迦の木は鹿の骨とで、天岩戸神話において占いに用いられていますし、大嘗祭の悠起田を決める占いは葛木坐火雷神社の波波迦の木をもって行われています。
「軽の墓」が転じて「軽の羽迦」になったという安直な説もありますが、少々気になる神社です。


社前道路は大和から続く竹ノ内街道。